分かりにくいものをまとめてみた。
- 緋鹿の子(ひがのこ)
- 赤い鹿の子絞り染めの事。
- 損料(そんりょう)
- 衣服・道具などを借りたとき、使用料として支払う金銭。大辞林より。何故賃貸料のことを損というのだろう。
- 秋田の部屋ですっぱり取られ
- 五代目菊五郎の妾で、六代目の実母の苗字は秋田であったことにかけている。
- 百味講(ひゃくみ)
- 神仏に食べ物をお供えする信者の集まりのこと。賽銭もある。
- 蒔銭(まきせん)
- 賽銭
- 岩本院(いわもといん)
- 今でいう一流ホテル
- 枕捜し(まくらさがし)
- 寝ている隙に枕元をあさる事。
- お手長講(おてながこう)
- 手長とは盗み癖のことで、その講(参詣をする人達)なので泥棒仲間の事。
- 寺島(てらじま)
- 菊五郎の本名の苗字にかけている。
- 小耳に聞いたじいさんの
- 五代目菊五郎の祖父、三代目菊五郎にかけている。人気の役者だった。七代目の場合はとっつぁんになるし、菊五郎の家系でない者が演じる場合は、屋号の音羽屋になる。
- 名せえ由縁の(なせえゆかりの)
- 菊五郎の息子の菊之助にかけている。
- 立ち前(たちめえ)
- たちまえ、が江戸弁の発音になったもの。立て代(たちしろ)と同じ。賃金、稼ぎの事。
- たてんぼ
- 大雑把にふたつに分け、好きな方を取らせること。江戸っ子は、きっちりと数えることを好まなかった。
- 大小(でえしょう)
- だいしょう、が江戸弁になまったもの。
- 坊主持ち(ぼうずもち)
- 坊主がやって来たら荷物の持ち手を変えること。当時流行したらしい。
- 忌えましい(いめえましい)
- いまいましい、が江戸弁の発音になったもの。例「いめえましい按摩だなぁ」
- 新内で川流れ
- 新内とは、この場面で弁天小僧が歌っている流しの事を指し(ある台本では、ここで南郷が口三味線をするとある)それで川流れ(お流れ)という意味らしい。まさか普通の辞書に載っているとは思わなかった。
- 万引き
- じつは江戸時代からある言葉。白波五人男で使われていたので、そんなに昔からあった言葉なのかと疑問だったが、どうもあったらしい。
むかしむかし宮古路豊後掾(みやこじぶんごのじょう)という人がおりました。 彼は始め、京都で一中節(いっちゅうぶし)を語っておりました。静かな一中節では自分の感情を表現しきれなくなり、もっと感情を吐き出すことの出来るような、抑揚の激しいフシで語りたいと、悩みに悩み自分独自の芸風を作り、彼の芸風豊後節が出来ました。豊後節は江戸で大いに受け、よそものの豊後節が江戸の人気をさらったのですから風当たりも強く、その風吹き荒れてとうとう「豊後節禁止」のおふれが出て詮方なく豊後掾は京都へ帰る。しかし多くの弟子たちは江戸に執着を持ち、何とか江戸で芸渡世を続けたいと努力する。結局、看板を変え独立して新しい流派を名乗りました。「常盤津」 「富本」その富本から別れて「清元」が出来た。その他に「富士松」というのもできました。 新内の元祖です。富士松の一門で敦賀太夫というのが間もなく独立して鶴賀若狭掾(つるがわかさのじょう)を名乗る。すなわち鶴賀派の元祖です。するとその一門に新内という人がいて、これが無類の美音です。伝説によれば「鼻に抜ける声」にたまらない味があって誰も彼もこの新内の芸風をまねたというのです。新内は初期には歌舞伎に用いられていたが、後に歌舞伎から離れ、主として吉原を根城に行われ、いわゆる「流し」という街頭芸になっていった。始めは各流派が流していたが、鶴賀新内が流しに参加し始めたころから「富士松」とも「鶴賀」とも言わないで新内流しが出来た。新内は貧しい階級の中で守り育てられてきたことも他にない特徴ではないか。
同成社 定本 新内集
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