2008-11-30

歯が痛い

歯が痛くて良く眠れない。困ったことに、歯が痛み出したのは昨日の夜からなので、歯医者はやっていない。そして日曜日にやっている歯医者は近所には、聞いたことが無い。鏡で見ても、とくに虫歯になっているような様子はないが。しかし実際に痛むので困ったことだ。

2008-11-28

日本の携帯の絵文字をUnicodeに入れようという動きがあるらしい

Google Japan Blog: 絵文字のユニコード符号化: 符号化提案用のオープンソースデータ

日本の携帯文化では、あの独自の絵文字が、実際に文字として使われている。したがってUnicodeに入れるべき理由はあるのだが、うっとおしいというか。

2008-11-26

ああそうさ、俺はヘアドライヤーを経費で買ったよ

The Old New Thing : Yes, I filed an expense report for a hair dryer, why do you ask?

1990年代後半に、私の同僚がヘアドライヤーを経費で落とそうとし、認められた。しかし、どうしてテスターの仕事にヘアドライヤーを買わなければならないのか。ちなみに、この同僚というのは、今はOfficeラボにいる。なかなか面白い事をしているので必見だ。

さて、当時、私の同僚はWindowsの電源管理のテスターとして働いていた。そのテストの中に、マザーボードが正確に温度負荷、約めて言えばオーバーヒートを、OSに報告できるかということと、OSは正しく反応できるかというテストがあった。仕事が始められた時、マザーボードをオーバーヒートさせる最も簡単な方法は、ヘアドライヤーを当てるというものだった。

しかし、新人社員に対して、「これが君の机だ。それと、これが君のヘアドライヤーだな」、などという案内をするのは、妙な話だったに違いない。あるいは賢いとする人もいるかもしれないが。

ハードウェアのテストに関する関連した話:ちょうど同じ頃の話だが、ジョイスティックのテスターは、ジョイスティックに一連の機械を装着していた。その機械は、何時間も負荷テストを行うためのものだったが、動力源はレコードプレイヤーのターンテーブルだった。いや、俺は33回転か45回転だったかは知らんよ。

レコードの世代ではないので、何回転でもかまわないが、なぜレコードのターンテーブルでなければならなかったのか。

2008-11-22

GMailのセキュリティ上の問題とドメインの盗難について

BREAKING: New Gmail Security Flaw. More Domains Get Stolen! | MakeUseOf.com

事件のあらましは以下の通りである。makeuseof.comが、何者かによって盗まれた。奴は他にも沢山のドメインを盗んでいるようだ。しばらくして、犯人を自称する者から、ドメインを返して欲しければ二千ドルを払えという脅迫メールが送られてきた。

しかし、なぜドメインが盗まれたのか。どうやら、レジストラに登録しているGMailアドレスがハックされたらしい。そしてドメインの所有権が他のレジストラに移されたようだ。GMailのアカウントには、いくつかのフィルタが仕掛けられていて、メールを転送するようになっていた。しかしパスワードは15文字も使っているし、キーロガーの類も仕掛けられていない。一体どうやって奴はGMailをハックしたのか。

リンク先は途中の経緯などを記していて、非常に冗長なので、結論だけ書いておく。どうもこのハッカーは、パスワードを突破し、自分でGMailにログインしたわけではないらしい。そのドメインの所有者が、GMailのアカウントにログインしたまま、他の悪意のなさそうなページを見た際に、何らかのmultipart/form-data POSTを使って、そのユーザのブラウザ側から、GMailにメールを転送させるフィルタを作らせたらしい。その転送されたメールを読んで、必要な情報を手に入れ、ドメインの所有権の転送を行ったものとみえる。

これを許してしまうGMailにも問題がある。興味深いことに、似たような問題が以前にも発見されていて、修正されている。では今回の騒動は何なのか。まだ似たような問題があるのか。

京都国立博物館

ちょうどタダ券を手に入れたので、京都国立博物館に行ってきた。まず、平常展はとても面白かった。蒔絵、印籠とその根付、刀剣と甲冑、素晴らしく美しい字の経文、ちょっとマイナーだが鳥獣戯画の乙巻、水墨画、大仏のたぐいはあまりいいものが見当たらなかった。着物の類も、劣化が激しすぎて、どうもいまいちだった。教科書に良く載っている、源頼朝像があった。これはデカイ。隣に平重盛もいた。この燈篭大臣は過大評価されすぎているきらいがあるので好きではない。

明恵や日蓮があるのに、何故文覚はないのか。やはり日本人は文覚が嫌いなのかね。色々威という甲冑があった。たしかに文字通り、いろんな糸を使っている。また、甲を派手にして存在感をアピールすることが流行ったらしく、甲の上に馬鹿でかい金属プレートをつけて、六字名号、すなわち南無阿弥陀仏と書いたものがあった。戦場でこんな甲をかぶっている図を創造するとマヌケだ。

さて、平常展は楽しめたのだが、特別展はつまらなかった。まず入り口で音声ガイドを配っている。一個五百円。何が悲しゅうてそんなもんを使わにゃあかんのや。そして中に入ると、みんな音声ガイドを片手にガラスケースに詰め寄っている。見ていて悲惨だ。それに大声で会話している。肝心の蒔絵だが、西洋に輸出されたものが多かった。南蛮人は蒔絵を輸入して、分解して別の家具に組み立てなおしていたらしい。不思議なことだ。また、ニスを使った蒔絵もどきもあったのだが、犬は西洋の犬で、人間は、日本人と中国人とインド人を足して三で割ったような不思議な絵だった。

特別展は、当たり外れもあるのだろうが、あまりお勧めしない。平常展は人も少なくてお勧めだ。しかし、特別展はあれほど人がいるのに、平常展にはあまり人がいないというのは、どういうわけだろう。

2008-11-19

ちょっとしたテスト

すぐに消えるかも

異文化はよくわからん

Dark Roasted Blend: Vending Machines Craze in Japan

IRCで、これを示された。別に、日本では何の変哲も無い自動販売機の写真だ。海外の奴らから見ると、卵や傘の自動販売機はとても奇妙に見えるらしい。不思議なことだ。

<video>と<audio>のクロスドメインはまだ分からない

Bluish Coder: HTML5 video and audio spec changes

どうなるんだろうなぁ。クロスドメインの制限は厳しすぎると思うんだけど。どうせimgはクロスドメインできるし。明示的なAccess-Controlをこのためだけに使うのは面倒だ。

ところで、25年後のサザエさんのサイトが糞すぎる。ストリーミングにaviファイルを使っているし、動画を再生するためだけにプラグインを使っているし、もうわけわからん。貴殿未だH.264を知らざるか。

2008-11-18

戀塚寺と文覚

少し前のことだが、戀塚寺に行って、文覚に関する研究の自費出版の本をもらってきた。

また、縁起絵巻の説明を聞いたが、どうもあれは、最上段の右から左に、その後下段の左から右に、さらに下段の右から左に、と見るものらしい。渡と袈裟のいる絵は、渡が袈裟に対して、渡辺の橋供養を見て来いと言っている場面らしい。寺は、やはり神護寺ではなくて、渡の出家したある寺らしい。名前を失念した。また、寺が焼けているのは、応仁の乱らしい。応仁の乱は、その名の通り、応仁元年(1467年)の出来事だから、だいぶ時代が飛ぶ。また、一番下の絵は、太平の世の一幕らしい。

食について

腹が減ったので、スーパーに何かおかずを買いに出かけた。何を買ったかというと、卯の花、オクラのおかか、法蓮草のおひたし。うーむ、歳を取ったのかなぁ。どうも肉を喰う気にはなれない。

2008-11-17

耳塚

耳塚とは、京都市の豊国神社の近くにある塚のことだ。昼間に前を通ると、常に韓国人の人だかりができている。戦前は李舜臣のことをすっかり忘れ果てていた民族にしては、近頃は殊勝なことだ。しかし、この韓国人達は実に平和的である。というのも、もし彼らが、耳塚の左側にある石碑に書かれている漢文を知ったならば、烈火のごとく怒り、頭髪上指し、目眥尽く裂き、石碑を取り囲み、素手で破壊し始めるであろう。石碑は劣化が激しく、もはや何が書いてあるかよく分からないが、次のように書いてある。

與隣敵交兵欲宣国威而已矣非悪其人而戮之也春秋邲之役楚人請築京観楚王
不可曰古者明王伐不敬取其鯨鯢而封之以為大戮於是有京観今罪無所而民皆
尽忠以死君命又可以為京観乎論者以為盛徳然未若我豊太閤之仁及枯骨其徳
為更深也按史征韓後役我軍連捷諸将有所斬獲截敵鼻献功其数幾万公喜其勝
賞其功而愍彼士為国致命埋其獲於京都大仏之前為築墳塋立大卒塔婆名曰鼻
塚請五山僧呂四百人大修供養資其冥福時慶長二年九月廿八日也相国寺承兌
撰其文美公之不分恩讎不論彼我深垂慈仁以設平等供養夫恩及海外可謂広矣
况於交戦之敵国乎推公此心謂之行今日赤十字社之旨於三百年前豈其不可哉
世徒謂公豪雄英武誇大自喜因以此塚比京観而誰知其慈仁博愛而有礼如此之
深哉塚後訛称曰耳塚物換星移豊氏絶祠而塚独儼存巍然為平安之偉観四方観
光之客弔古之士無不徘徊顧望于其下欽当年之偉業感豊公之慈仁者此地旧属
妙法院故以時修仏事而世変多故久委荒残矣今茲豊公功臣愛将之裔与同志者
諝謀将修公墓以行三百年祭而未及此塚心竊恨焉方広寺原董権大僧正泰良以
此塚與大仏関係尤深欲修営建碑期豊公祭大修追弔供養之式予亦以妙門嘗掌
豊国廟尤喜其事有所斡旋既得官準京都市給金若干円以助之其旧部内亦附以
其前地於是広募資用以起其役乃築乃修材良工励以一月三日経始以三月廿日
竣功宏荘完堅比旧時有加焉陸軍大将大勲位功二級彰仁親王聞而嘉之賜以題
字可謂栄矣夫此塚者邦威拡張之符表豊公盛徳之遺物而朝鮮者与我輔車相依
唇歯相保邇年我国率先万国扶其危匡其傾明其独立為之大戦以完隣邦之交誼
則於其旧時亦能無感乎豊公既行之乎交戦之日今日則為友邦豈可不益尽其道
哉嗚呼十方衆生一視同仁三界万霊平等利益希以此修営保其物以此供養資其
福奮武之跡慈仁之挙大顕於世且両国隣交益加厚東洋平和永莫渝乃記其事勒
貞珉以垂不朽

明治三十一年三月廿日

陸軍大将大勲位功二級彰仁親王篆

前天台座主大僧正妙法院門跡村田寂順

どこにも訓読した文章が見つからないので、試みに訓読してみる。

隣敵と兵を交えるは、宜しく国威を欲するのみ。其の人を悪むに非ずして、之を戮す也。春秋の邲の役に、楚人の京観を築くを請ふ。楚王、可めずして曰く、古に明王伐って敬はず、其の鯨鯢を取りて、之に封し、以って大戮を為す。是に於いて京観有り。今罪とする所無く、而して、民は皆忠を尽くし、以って君命に死す。又以つて京観と為すべきや。論者は以つて盛徳と為す。然るに未だ若我が豊閤の仁枯骨するに及ばず。其の徳更に深しと為す也。按史征韓の役の後、我が軍は連捷にして、諸将の斬獲する所有りて、敵の鼻を截りて功として献ず。其の数数幾万、公其の勝を喜び、其の功を賞して、彼の士の国に命を致す為に愍れみ、其の獲たるを京都大仏の前に埋め、墳塋を築いて為し、大いなる卒塔婆を立て、名に曰く、鼻塚として、五山の僧侶四百人に請ふて、大いなる供養を修し、其の冥福を資く。時は慶長二年九月廿八日也。相国寺兌を承つて其の文の撰び、美公の不分の恩讎は、彼我も論ぜず。深く慈仁を垂れ、以つて平等の供養を設ける。夫れ恩は海外に及び、広く謂ふべし。況や交戦の敵国に於いてをや。推公の此の心、之を謂ふ。今日の赤十字社の旨を三百年前に行ふ。豈其の可ならざらんや。世の公豪雄英の謂に従れば、武に誇り大いに喜ぶに自り、因つて此の塚を京観に比す。而れども、誰か其の慈仁博愛にして、礼此の如く深きを知るや。塚は後に称を訛して曰く、耳塚と。物換り星移り豊氏の祠絶えるも、塚は独り儼かに在す。巍然として平安の偉観と為し、四方の観光の客、古の士を弔い、徘徊して其の下に顧望せざる無し。欽に当年の偉業、豊公の慈仁に感ずるは、此の地は旧は妙法院に属し、故に時を以つて仏事を修す。而れども、世変多く、故に久しく荒残に委す。今茲に豊公功臣愛将の裔は同志の者と諝く謀り、将に公墓を修して、以つて三百年を祭を行ふ。而れども、未だ此の塚には及ばず、心竊かに恨む。方広寺の原董権大僧正泰良、此の塚の大仏と関係尤も深きを以つて、営を修し、碑を建てんと欲し、豊公祭の大修追弔供養の式に期し、予ねて亦妙門嘗掌豊国廟を以つて、尤も其の事の斡旋有る所を喜び、既に官準を得、京都市は若干円の給金を持つて之を助け、其の旧部の内、亦其の前の地を以つて附して、是に於いて資用を公募し、以つて其の役を起こし、乃ち築き、乃ち修し、材を良くし工を励まして、一月三日を以つて経を始めて、三月廿日を以つて竣功し、宏荘にして堅を完うし、旧時の加え有るに比す。陸軍大将大勲位二級彰仁親王聞きて之を嘉し、以つて題字を賜う。栄謂うべし。夫れ此の塚は邦威拡張の符表、豊公の盛徳の遺物にして、朝鮮は我と輔車相依り、唇歯相保ち、邇年我が国は万国に率先して、其の危うきを扶け、其の傾きを匡い、其の独立を明らかにして、之の大戦を為し、以つて隣邦の交誼を完うし、則ち、其の旧時に於いて亦能く感ずること無きや。豊公既に之を行わんや。交戦の日は今日則ち友邦と為す。豈益其の道に尽くさざるべけんや。嗚呼、十方の衆生視を一にして、仁を同じくし、三界の万霊は平等の利益なり。希はくは、此の修営を以って其の物を保ち、此の供養を以って其の福を資く。奮武の跡、慈仁の挙、大顕世に於いて、且は両国隣交の益加ふること厚く、東洋の平和、永く渝わること莫かれ。乃ち其の事を記して、貞珉を勒し、以つて不朽に垂るべし。

韓国人が知ったら怒りそうだ。現代訳などは、太宰治の嘲笑するところであるからしないが、少しだけ分かりにくい部分の解説をしつつ、要約をしてみる。

この碑は明治三十一年に作られたものである。楚王というのは、楚の荘王のことである。京観というのは、敵国の兵士の死体を使って、我が国はこんなにすごいことをしたのだと宣伝する塚である。荘王は徳のある人だったので、敵国の兵士といえども、その国のために命を落とした人間であるからといって、京観を作らなかった。秀吉は、朝鮮出兵の際に、塚を作ったが、これは荘王よりも徳が高いことである。何故ならば、敵国の兵士を哀れんで、仏教的に弔ったからである。三百年前に赤十字社の精神を行っていたのだから、我が国は赤十字社に加入する資格がある。世の中の右翼左翼は、これを京観だというけれど、断じて違う。だいぶ荒れ果てていたのを、今(明治三十一年時点で)修復した。この塚は我が国が素晴らしい国であることを表し、秀吉の徳が高かったことを示すものである。朝鮮と我が国は共に協力すべきだ。我が国はどこよりも早く朝鮮を助けて、日清戦争を行い、独立させてやった。秀吉も昔同じことをした。アジアは平和になるべき。

而の二つの使い方

而には、漢文では主に助字として使い、而して、しこうして、しかれどもという、順接、逆接の二つの意味がある。而れども、どちらの意味であるかは、前後の分で判断するしかなく、而して、面倒である。

而には、漢文では主に助字として使い、しこうして、しかれどもという、順接、逆接の二つの意味があるが、どちらの意味であるかは、前後の分で判断するしかないので、面倒である。

而を、しこうして、とか、しかれども、とそのまま訓読すると、いかにも漢文らしくてかっこいい。

紛らわしい漢文

世有伯楽、然後有千里馬、千里馬常有而伯楽不常有。

この漢文のうち、不常有がややこしい。これは、常有の部分否定である。だから、「伯楽は常には有らず」となる。伯楽はいつもいるわけではないという意味だ。もしこれが、伯楽常不有だったとしたら、「伯楽は常に有らず」となり、伯楽は絶対にいないという意味になる。ややこしい。

似たような漢文に次のようなものがある。

有徳者必有言、有言者不必有徳。

今両虎共闘、其勢不俱生。

ヴィクトリア女王杯

Well they're under starter's orders for this very valuable Queen Victoria Handicap. And they're off, and Queen Victoria got a clean jump off, followed by Queen Victoria, Queen Victoria and Queen Victoria. It's Queen Victoria from Queen Victoria and Queen Victoria. It's Queen Victoria making the early running on the inside. And at the back Queen Victoria already a couple of lengths behind the leaders. Queen Victoria has now moved up to challenge Queen Victoria with Queen Victoria losing ground. Queen Victoria tucked in neatly on the stand side with a clear view. Queen Victoria still the back marker as they approach the halfway mark, but making ground now, suddenly past Queen Victoria with Queen Victoria, Queen Victoria and Queen Victoria still well placed as they approach the first fence. And at the first fence it's Queen Victoria just ahead of Queen Victoria and Queen Victoria falling away in third place. And Queen Victoria in the lead as they ...

さあ、今まさに、この光栄なるヴィクトリア女王杯が始まろうとしております。さあ、各馬一斉にスタート。そしてヴィクトリア女王がきれいな飛び出しを見せた。そしてヴィクトリア女王、ヴィクトリア女王、ヴィクトリア女王が続く。さあヴィクトリア女王でヴィクトリア女王とヴィクトリア女王だ。先行は内にヴィクトリア女王。後ろとはすでに数馬身放している。ヴィクトリア女王が今飛び出してきてヴィクトリア女王でヴィクトリア女王は地を失った。ヴィクトリア女王の前がひらけます。半ばでヴィクトリア女王はまだ最後尾だ。しかし追い上げてきた。急にヴィクトリア女王とヴィクトリア女王を抜いて、ヴィクトリア女王とヴィクトリア女王は最初のフェンスに向かいます。最初のフェンスでこれはヴィクトリア女王、すぐにヴィクトリア女王がヴィクトリア女王に続き、そしてヴィクトリア女王が三つ目のフェンスから落ちた。そして先頭はヴィクトリア女王で……

Monty Pythonはいつまでも古びない名作だ。

2008-11-15

ユーザ定義リテラルについて

ユーザ定義リテラルはinlineやconstexprにすることができます。しないこともできます。たとえばBrainF*ckのリテラルを作ることもできます。

"+++++++++[>++++++++>+++++++++++>+++++<<<-]>.>++.+++++++..+++.>-.\------------.<++++++++.--------.+++.------.--------.>+."bf ;

でも、私はユーザ定義リテラルにあまり興味が持てない。たとえば以下のようにしてもいいのではと思ってしまう。

bf("+++++++++[>++++++++>+++++++++++>+++++<<<-]>.>++.+++++++..+++.>-.\------------.<++++++++.--------.+++.------.--------.>+.") ;

普通の関数やコンストラクタですむのに。

ユーザ定義リテラル、一進数

ネタにマジレスカコワルイ

constexpr int operator "" unary ( char const *, std::size_t size )
{
        return (size % 2) ? - (size / 2) : (size / 2) ;
}


int main()
{
        int a = "wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww"unary ;//32
        int b = "wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww"unary ;//-32
        int c = "wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww"unary ;//33
}

2008-11-14

保元物語を読むべきだ

平家物語だけでは足りない。保元物語、平治物語、承久記も読むべきだろう。他にも読みたい旧記はたくさんあるが、漢文は敷居が高い。うーむ。

2008-11-13

来月の東京行きはどうしようか

夜行バスというものに乗った事がないので、この機会にのってみようか。幸い、関西関東を結ぶ、恐ろしく安い夜行バスがある。問題は、日帰りしようか、一泊してどこかに行こうかということだ。できれば多磨霊園に、中島敦や吉川英治の墓を見に行きたいところだが。それから、森林太郎の墓も、もう一度見てみたい。さてどうするか。

どうもChromeの挙動がおかしい

たとえば、このブログでは、埋め込みのYouTubeのFlashの場所が、すべて左上の絶対値(0,0)からになってしまう。GoogleのいくつかのWebアプリの描画もおかしい。もっとも、Dev版だからそういうこともあるだろうが。

朗読 芥川龍之介著 猿蟹合戦

芥川龍之介の猿蟹合戦。
青空文庫 猿蟹合戦

Flash Player

http://zoome.jp/bookworm/diary/32

Chromeにブックマークマネージャーが来た

Dev版のChrome 0.4.154.18にブックマークマネージャが実装されている。他のブラウザのように、ブックマークの細かい編集ができるようになった。

PGO

Visual C++ Team Blog : POGO

プロファイルによる最適化について。その仕組み、使い方、どのような最適化がされるかなど。

主に、どのコードをどこに配置するかということに関する最適化なのだろう。よく使うコード同士は、同じ場所においておいたほうが、キャッシュヒットしやすい。ある関数から、別のある関数が良く呼ばれる場合にも、同じ場所においておいたほうがいい。あるいは、関数をインラインするかしないかなど。関数は常にインライン化すればいいというわけではない。

いかなる広告を行おうとも、すでに死語となった言語のコンパイラならば意味がない

The Old New Thing : Doesn't matter what your marketing technique is for your compiler if nobody actually writes code in your language any more

Terry Zinkのアンチスパムブログは、以前にも、恒例のリンク集記事で紹介した。スパマーはどれぐらい儲かるかという記事は、とても興味深いものであった。就中、売り上げ率が非常に低いというのが目を引いた。たったの0.12%しかクリックされず、しかも、そのクリックされたうちの売り上げ率は、たったの0.5%なのだという。よって、実際の売り上げ率は0.0006%である。それにもかかわらず、スパマーは週七千六百九十ドル、あるいは、年三十万ドルも稼ぐという。スパムトラフィックの監視を試みた研究者は、また別の概算を立てている。Terryの話が、実際のスパマーの話だから、更に興味深い。

そういえば、マイクロソフトのFORTRANコンパイラに関する仕事をしていた人の話がある。(昔はMSのFORTRANコンパイラがあったんだ。本当だよ) その人が言うには、コンパイラのマーケティングのため、ある有名なコンピュータ雑誌の購読者に向けて、マイクロソフトFORTRANに対するアンケートハガキを送ったことがあった。

「大抵、この手のダイレクトメールの返事は、まあ3%か4%ってところだね、上手くやれば。結果は二つだったよ。」
「2%か。まあ、悪くないんじゃない。FORTRANだしね」
「違う。2%じゃないんだ。二つだったんだ。全部で二通しか返ってこなかったんだよ」
「えー」

MSがFORTRANコンパイラを作っていたとは初耳だ。

2008-11-12

吉川英治の鬼才

鬼才という語を使うと、太宰治が墓の中から出てきて嘲笑しそうだが、それはさておき、吉川英治の鬼のような才能についてである。

吉川英治は信じられないくらいに物を読んでいる。今、新・平家物語を読み始めたが、やはり作者の非凡を観ぜずにはいられない。平家物語などの、所謂、軍記物や、当時の文章などは、かなり断片的なのだが、いったいどうやってここまでまとめ上げたのだろう。驚くべき構成力だ。

ただ、盛遠の渡辺橋供養あたりのこととか、袈裟が身代わりを決意するまでの心情描写がなかったのが残念でならない。吉川英治ならば、あの場面もうまく書いてくれただろうに。

2008-11-11

携帯のメールアドレスにSPAM殺到

辞書にも載っていないアルファベットの羅列(というか登録時に間違えた)で、数年SPAMなど来なかったのに、今夜になってSPAMばかり到着する。どこから漏れたのだろう。

GMailのスパムフィルタでは弾けるのだが、GMailの使えない古い携帯ではどうしようもない。そもそも、この携帯はほぼ電話とメールしか使わない最安の契約だ。どうしたものか。

とりあえず、アドレス帳からしか受信しないようにした。

Spam! Spam! Spam! Lovely spam! Wonderfull Spam!

アドレス帳からしか受信しないという機能は、たんに内容を受信しないだけで、タイトルは相変わらず受信する。何の意味もない。これはメールアドレスを変えるしかないかもしれない。

swfobjectがGoogle AJAX Libraries API入りした

deconcept » SWFObject now available on Google AJAX Libraries API

これはいい。何がいいかといって、わざわざjavascriptファイルをホストする必要がなくなるからだ。これからは、
http://ajax.googleapis.com/ajax/libs/swfobject/2.1/swfobject.js
を参照すればいい。

2008-11-10

戀塚寺

戀塚寺に行ってきた。ここは、あの文覚が袈裟御前を葬った場所といわれている。

京阪で丹波橋まで行き、そこから西に向かって歩いたが、やはりだいぶ距離があった。実は、今の戀塚寺は、二年前に再建されたものである。とはいっても、その前の寺も、鳥羽伏見の戦いの後に再建されたものなのだが。

まずは恋塚を見てみることにした。寺に入って右手のスロープを降りると、塚がある。何ということはない、どこにでもありそうな平凡な塚であった。犬が一匹、ひもで繋がれていた。この寺で飼われているのだろう。おとなしいが好奇心旺盛な犬であった。

さて、目的の、袈裟御前の肖像画と、寺の縁起絵巻を見てみることにした。お堂を右に回ると、ガラス戸越しに眺めることができる。しかし、あいにくと曇り空で、さらにガラス越しで離れていることもあり、細部がよく分からない。どうしたものか。そもそも、この寺は住職が住んでいる寺である。頼めば中に入れてもらえるのではないか。さっそく電話をしてみたところ、入れてもらえた。

極彩色本寺縁起絵巻

近くで縁起絵巻を観察できたので、ガラス越しでは分からなかった部分もよく分かった。とりあえず分かったことを書いておく。

まず、一段目の左は、衣川と盛遠である。同じ屋敷にいるということで、親戚同士であるということをあらわしているのだと思われる。その次は源左衛門尉渡である。その次は、渡と袈裟で、婚姻かなにかだろう。袈裟の隣にいるのは誰だろう。盛遠のはずはないが、袈裟の父親なのだろうか。その次、一段目の左端は、盛遠と渡が、屋敷を守護しているところだろう。何しろ、彼らは北面の武士なのだから。

二段目の左は、盛遠が左手に衣川の襟をつかみ、右手で抜き身の刀を持って、まさに斬らんとしているところである。その次は、衣川と袈裟が会っているところである。その次は、袈裟と盛遠だ。二段目の左端は、袈裟が渡に酒を強いているところであろう。

三段目の左は、盛遠が月光に首を照らしてみると、なんと袈裟の首であったという場面である。ただし、その話は、たの書物には見えていない。というのも、源平盛衰記や猿源氏草子では、盛遠は首を懐に入れて持って帰り、その後、袈裟が何者かに首を斬られたという話を聞いて、驚いて首を見てみると、袈裟であったとされているからだ。その次は首を切られた袈裟である。その次がよく分からないが、衣川なのだろうか。右端は、寝ている渡である。

四段目は、盛遠が袈裟の首を持って渡の屋敷に推参するところである。その次は、渡と盛遠が髻を切るところ。右は、おそらくは神護寺であろう。戀塚寺の説明では、文覚は神護寺で出家したという話である。ただ、神護寺で出家した落ち宇野は疑わしい。なにしろ、当時の神護寺は、誰も住んでいなかったはずなのだからだ。文覚が修行した後に神護寺に住んで、再建のために勧進してまわっていたのだ。

五段目の左は、よく分からない。火事にあっているところなのだが、どこが焼けているのだろうか。まさか戀塚寺ではあるまい。というのも、戀塚寺が建立されたのは、嘉応二年(1170年)とされているからだ。文覚が出家したのは、どんなに遅く見積もっても、まず1140年頃であろう。その頃にはまだ、寺自体がなかったはずである。もっとも、塚を建てるぐらいだから、何かしら寺があってもおかしくはないのだが。その右に袈裟の後世を弔う塚や、袈裟が観世音菩薩の化身であるか、あるいは彼岸に度したような描画、文覚の那智の滝での荒行があるのを見ても、時系列的に前である。なぜ火事になっている建物があるのかよく分からない。

六段目の左端は、戀塚である。右がよく分からない。文覚が伊豆に流されている時の絵ではないかとも思うのだが、違うかもしれない。川は鴨川であろう。ひょっとしたら、法然が流されたことを描いているのかもしれない。

戀塚寺は観光化されていない寺であった。いい寺だ。また行きたい。

2008-11-08

クロスドメインの必要性がいまいちよく分からない

クロスドメインの何たるかを学ぶためにググっても、如何にしてクロスドメインを回避するかということについては腐るほど情報があっても、なぜクロスドメインが必要なのかという情報はまったく見つからない。とりあえずこんな解釈でよかろうか。

script要素やimg要素は、javascriptや画像ファイルへのURLを指定できる。しかし、その指定されたURLのサーバは、別にjavascriptや画像を返すとは限らない。

たとえば、mixiはIDとパスワードによるログインをして、初めて利用可能になる。一度ログインしたら、cookieによって、再度ログインする必要はなくなる。もしここで、scriptやimgなどで指定されているURLが、http://mixi.jp/home.plであったとする。そのURLにアクセスするのは、所詮ユーザの使っているブラウザなので、もしユーザがmixiを使っていて、すでにログインしている場合、mixi.jpはログインしなければ得られない情報を返してくる。もしJavaScriptやFlashが、制限なく他のドメインのURLにアクセスできるならば、これはセキュリティ上の問題である。そこで、FlashやSilverLightなどは、クロスドメインのポリシーを記述したXMLファイルにアクセスすることを取り決め、またaccess-controlという、統一した規格も策定され始めている。

でも、imgがクロスドメイン可能で、具体的にどういうセキュリティ上の問題があるのだろう。指定されたURLが、画像でないログインが必要な情報を返したとしても、それをクライアント側から調べる方法があるのだろうか。画像に問題がなければ、動画や音声にも問題はないと思うのだが。それとも、やはりimg要素もクロスドメインであったほうがいい理由があるのだろうか。現状でも、ピクセルデータにはアクセスできないわけだし、何の問題があるのだろうか。

<video>と<audio>はクロスドメインの制限があった!

Bluish Coder: Video, Audio and Cross Domain Usage

It looks likely the that

そんなアホな。HTML5の<video>と<audio>にはクロスドメインの制限があるやて。お前、それむっちゃ困るやん。動画や音声のようなファイルを他のドメインの鯖に置いておくのは最もありえる使い方やろ。それをお前、なあ。

もっとも、Flash Playerかてcrossdomain.xmlが必要やし、SilverLightはclientaccesspolicy.xmlか、あるいはアドビ規格のcrossdomain.xmlが必要なんで、今と何も変わってないっちゅうたら、変わってないねんけどな。ほんで、これらのクロスドメインのポリシーファイルに相当する機能が、Access Control for Cross-Site Requestsっちゅう奴で、これはクロスドメインの使用制限をヘッダで明示する新しい規格やねん。ファイルっちゅうか、特定のURLにアクセスして、独自規格のポリシーを返すっちゅう現行の仕様は、確かに変で、何か統一規格が必要やねんけどな。ただ、あまりにも新しすぎて、まだドラフトやねん。遅いっちゅうねん。お前実用になるまで何年かかると思てるんや。規格が決まって、さらにサードパーティのサーバが実装せなあかんやろが。難儀やなぁ。

TOEIC申し込み

四年ぶりにTOEICを受けることにした。前回受けたのは、高校二年生のときで、630点であった。今回は730点を越えられるといいが。

2008-11-06

アタック25を観戦してきた

高校時代のクイズ好きの友人が出場するというので、大阪のABC新社屋まで観戦に行った。しかし、問題はわけの分からないものばかりだった。特にアナグラムがなぜ回答できるのかさっぱり分からない。

2008-11-05

大徳寺納豆

親父と酒を飲んでいたところ、親父が言うことには、この前、大徳寺に行ってきたらしい。常には公開されていない場所を見て、おお、三十年ぶりだと感傷にひたっていた。ところが、後からいかにも年取った爺さんがやってきて、ぽつりと一言、
「おお、五十年ぶりだ」
さすがにこれには参ったということだった。

さて、大徳寺の帰りに、有名な大徳寺納豆というものを買ってきたらしく、思い出したように棚から出してきた。食べてみたが、筆舌に尽くしがたいほどマズかった。お茶受け、酒のアテなどに、好きな人はよく食べるそうだが、にわかに信じられない味である。

Google Page Creatorが終了するらしい

これは知らなかった。このブログに必要ないくつかのファイルをPage Creator上にホストさせていたので、これは問題だ。自動的にGoogle Sitesに移行されるらしいが、とりあえず今からやっておくべきだと思い、ファイルを移行した。たぶんこれまでと変わらずに、このブログで動画が見れるはずだ。古い動画はどうしよう。

源平盛衰記読み畢

源平盛衰記を読み終わった。

2008-11-02

どうもGoogle Readerがおかしい

いくつかのフィードを更新しなくなっている。とても困るのは、それにhttp://blogs.msdn.com/vcblog/default.aspxを含むということだ。どうも思うに、全部MSのブログのような気がする。とすると、MS側の問題なのか。しかしRSSもATOMもfeed validatorに通るようだ。しかし、oldnewthingなどは問題なく更新している。不思議だ。

2008-11-01

アリョール うごく絵Ver.2.0

この頃のALTRONは非常に面白いゲームを作っていた。

Flash Player

http://zoome.jp/bookworm/diary/30

画竜点睛

張僧繇、呉中人也。武帝崇飾仏寺、多命僧繇画之。金陵安楽寺四白龍、不點眼睛。毎云、點睛即飛去。人以爲妄誕、固請點之。須臾雷電破壁、両龍乗雲、騰去上天。二龍未點眼者見在。

張僧繇は、呉中の人なり。武帝、仏寺を崇飾するに、多く僧繇に命じて之を画かしむ。金陵の安楽寺の四白竜は、眼睛を点ぜず。毎に云う、睛を点ぜば即ち飛び去らん、と。 人、以て妄誕と為し、固く請いて之を点ぜしむ。須臾にして雷電壁を破り、両竜雲に乗り、騰去して天に上る。二竜未だ眼を点ぜざる者は、見に在り。

――歴代名画記

梁の武帝の朝に、張僧繇というは、自他共に認める天下第一の画の名人であった。僧繇の画は微に入り細を穿ち、その山水画を画く時は、見る人あたかも身を桃源郷に置くが如く、岩窟の虎を画く時は、幼子は泣き出し、大人は命からがら逃げ出すというほどであった。この如く僧繇の画は、実に神仙の域にまで達していたのである。

さて、梁の武帝は仏法の信仰篤き人で、仏寺へ喜捨すること不斜、たびたび僧繇に命じて、仏寺の壁に見事な画を画かせていたが、ある時、僧繇をして金陵の安楽寺の壁に四白龍を画かせた事があった。しかしどうしたことか、僧繇の画いた龍には睛が欠けている。金陵の人々はこれを怪しみ、ついには武帝も不審を為すに至ったが、僧繇はただ、「睛を点ぜば、画龍が飛び去ってしまうんでな」と云うばかりであった。いや、それでは理屈が通らぬ。是非とも睛を画いてもらいたいという人々の声を受け、僧繇はしぶしぶ絵筆を取り、四龍のうちの二龍の睛を入れた。睛を入れた龍は命を吹き込まれたようで、まさに画から飛び出さんばかり、僧繇を取り囲んで見守っていた人は、見事な龍の画に感心していた。とそこへ、俄に黒雲一叢立来たり、安楽寺の上に引渡った。雷鳴人々の肝を消し、黒雲日の光を遮って、前後も分からず暗くなった。その中で、一人僧繇のみが、平然と画の前に立っていた。黒雲は渦を巻いて、安楽寺の壁に引き降る。見ると、瞳を点じた二龍が動きだし、画を抜けて虚空に浮かび上がった。龍はしばし、己の作者である僧繇を睨んでいたが、やがて一礼すると、黒雲に取り巻かれて、天に昇っていった。

黒雲晴れて周り明るく、人々は我白昼夢を見たるかと怪訝な顔をする所に、見よ、先ほどまで四白龍だった壁の画の、二龍が消え、未だ睛を点ぜざる二龍のみ残っているではないか。人々様々罵りあう所に、僧繇は絵筆をしまい、平然と帰って行ったという。

どうも私が書くと、漢文崩れではなくて、平家物語になってしまうな。つい「四白龍を画かせけるに、何とかはしたりけん、眼睛を点じ給はず」などと書きそうになった。中島敦のようには行かないものだ。