いつの事だか定かではないが、少なくとも、今から八百年は昔の話。旅人とその従者達が、宿を求めてさまよっていた。はや、日も暮れぬ、どこか風雨をしのげる宿のあらまほしきをと家々を巡っているうちに、ある大きな屋敷の前にたどり着いた。かつてはさぞかし立派な大福長者の屋敷にてもありなん。今は、門破れ、塀崩れ、荒れ果てたままになっていた。かかるところこそ、泊めてくれるものかもしれぬと、旅人は、門の前に立って、呼ばわった。
「今晩、ここに泊めてもらえぬか」と。
すると、屋敷の内より、ドタドタと足音高く、ひとりの中年女が走り出てきた。いかなる賤女なれど、まだ多少はマシであろうに、この中年女は、実に醜悪な面をし、ボロボロの衣を着て、しかも、それを恥じることなく、門の前まで、大慌てで走ってきたのである。その醜悪な面に、どこか期待の表情を浮かべながら、
「よき事、よき事。さあさ、やどり給へ、やどり給へ」と、あわてて言った。
やれうれしやと旅人と従者は、あばれ屋敷のひと隅に座をとった。屋は多けれども、人の気配もなし。ただ独りこの中年女のみが住んでいるようである。思えば薄気味悪いところなれども、皆、旅の疲れに、すぐ眠ってしまった。
翌朝、一行は朝食を認め、はや出ていこうとするのを、中年女、またドタドタと品悪く走りでて、
「まてまて、行くな。」という。
「こはいかに」と問えば、
「おれの貸した金千両、返してから出て行け。さあ、早く返せ、早く返せ」とわめく。
昨日から、この屋敷に薄気味悪さを感じていた従者ども、これにはさすがにこらえきれず、「あらじや、あらじや」といたく嘲り笑った。中年女も負けじと、「返せ、返せ」と、ほとんど狂人の体をなしてわめき返すばかりであった。
この旅人、「しばし」と言いて、荷物の中からなにやら道具を取出して、しばし手の内にて転がして、しばらく考えいるようであったが、ふと顔を上げて、こう言った。
「この親は、もし、易の卜という事をしていたのかな」
と問えば、中年女答えて、
「さあ、どうだったろうか。わからんけど、おのれの今やったようなことは、やってた気がする。」
「なるほど。千両の金を貸したから返せというのは、どういうわけかな」
聞かれて、中年女は語りだした。女の親の、まさに死なんとする折、こう言い残したそうだ。「十年後の、今日に、ここに旅人が来てやどを求めるだろう。その人には、わが金を千両貸してある。その旅人に金を返してもらうのだ。いいか、それまでは、この家の物を少しずつ売って、つつましく暮らすのだぞ」と。そこで、この女は、今まで家にある物を、少しずつ売って、今日まで暮らしてきたのであった。それが、今年となっては、とうとう売るべき物もなくなり、どうしようもなくなっているときに、旅人がやってきたのであった。
「その金というのは、あながち間違いでもあるまい。まあ見ていなさい」と、旅人は、従者を部屋から追い出すと、ある柱を叩いた。すると、どうも中が空洞になっているような、響く音がするではないか。
「金はここにある。開けて、少しずつ取り出して、使うのだ」と教えて、旅人は去っていった。
この女の親は、易の占いの上手であった。女のありさまを考えるに、今、女に千両の金を与えれば、久しからずして、すべて使い果たしてしまう事を知り、また、十年後の今日に、易の占いする男が、宿を求めに来ることをも知っていて、かかる事を言い残したのであった。旅人は、親の占い通り、易の心得ある者であったので、金の場所を占い出して、女に教えたのである。
易の占いは、行く末をはっきりを見通すことができるという。
しかしながら、この話を見ても分かるように、未来がわかるからと言って、必ずしも幸福になるとは限らないのである。この醜悪な女は、確かに親の遺産で、一生食うに困らず暮らせたのであるが、果たして幸福だったのだろうか。夫を持たず、何らの事業をもせず、ただ一生を無為のままに過ごしたのである。木の端と変わらぬ暮らしではあるまいか。現代の人は、ニートを現代社会の生み出した問題と捉えがちであるが、まさしく八百年前に、このような話があった以上、そう新しい問題でもないのである。
京の七條渡りで借上していたという肥満女は、このニート女の対極であろうが、それも、あまり感心できぬのである。とかくに人生は難しい。
参考:宇治拾遺物語、八 易の占金取出事
やる気を出すために、なにか文章を書こうと思ったら、こんなものが出来上がった。結局あの話しは、八百年前にも、ニートがいたというお話である。ついでに引き合いに出した、病草紙の肥満女も、あの時代に高利貸しのメタボ女がいたという話であり、なかなか面白い。
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