2010-06-21

河東の尼

昔、震旦の河東という所に、欲深い尼が住んでいた。何かといえば法華経を持ち出し、現当二世安楽を説いては、布施物を得ることを生業としていた。世の人の評判では、この尼は、「懇に行い、その身清浄にして、常に法華経を読誦す」との事であった。しかし、その実態は、わずかに妙法蓮華経という題目を知るだけであり、常に読誦する法華経というのも、「南無妙法蓮華経」とか無量義経の偈の文句でしかなかった。

さて、この尼の人となりは、所詮この程度であったので、密かに間男(おとこ)がいたとしても、読者はそう驚くまい。ある日、尼はその男と、いかにすれば、もっと多くの布施物を得られるだろうかと話していた。

尼「やはりよ、おれが思うによ、法華経を書写するのがいいと思うわけよ。法華経を書写し奉るによって勧進す。一銭半紙奉財の輩は云々とな」
男「書写するったぁてオメェ、ホンモノの法華経はおろか、明盲でなにするってぇんだ」
尼「いや確かによ、おらぁ明盲だよ。だけどよオメェ、考えてもみやがれ。日頃おれらに布施物くれるカモだって明盲だぜ。分かりゃぁしねぇさ」
男「ホンモノの坊主が来りゃどうする」
尼「何ぃ、ホンモノの坊主だぁ。ここらへんには、ホンモノの坊主といやぁ、あの龍門寺しかないじゃねぇかよ。しかも、龍門寺の大衆も、法華経は持ってねぇと聞く。分かるもんかい」
男「字はどうする」
尼「それにもおれに考えがある」 男「や、あの足音はなんだ」

その時、尼の住む破れ寺に、また一人のカモ、もとい信者がやってきた。尼は男を急ぎ隠して、常のごとく、いかにも清浄の体にもてなし、お題目を唱え、布施物を得るのであった。

ともかく、尼と男は、法華経を書写すると偽って、布施物を得るために、さっそく行動した。まず、これまでに集めた布施物によって、いかにも小綺麗な小屋を建てた。そして人を集めた。

「さあさ、これなるは法華経を書写するがための清浄なる小屋にてござい。あれなるは、能く書を書く人なり」

その時、破れ寺から、例の男が極めて不満そうな顔をして出てきた。

「言うまでもなく、オレは能く書を書く者である。ここの尼は金を持っとらん。これっぱかしのはした金では、書写などはできんな」

というなり、男は懐から、かなりずっしりと金の入っていそうな袋を取り出して、地面に放り投げた。そして、驚く尼と信者を前に、足早のその場を過ぎ去ろうとした。尼は慌てたふりをしてこれを呼び止めて曰く、

「まあま、そう言いなさるな。ほれ、ここに倍するだけの金がある。有り金全部だ。これでどうか書いてくれ」

と、倍する大きさの袋を、懐から取り出して男に与えた。男はこれをみて、まだ不満そうな顔をしていたが、道を引き返して、小屋の前に来た。

男は小屋に入る前に、まず沐浴し、香を焚いて身をいぶし、しかる後に小屋に入っていった。書写するところを見ようと、続けて中に入ろうとする信者は、尼が遮って罵った。「不浄の身で法華経を書写し奉る神聖なる家に入るべからず」と。

小屋の壁には、なぜか一本の竹筒が通してあり、そこから、盛んに空気が漏れていた。尼はこれを解説して、

「ありがたい法華経に不浄の息をかけるを憚るが故に、かくはするぞ」

と言った。信者たちは、これを見て感心し、争って布施物を喜捨した。

さて、そうして多くの布施物を得た上で、法華経の書写は「完了」した。書き上げた法華経は、いかにもありがたそうな箱の中に入っているので、信者たちは、実際に写経された法華経を見ることはなかった。その後も、布施物は多く集まり、尼と男は、儲かって儲かって笑いが止まらなかったという。

さて、この事を聞いた龍門寺では、是非ともこの法華経を借りて、大衆のために講釈を開きたいと考えた。そこで、尼のもとへ使いを出して、法華経を借り受けようとした。

もとより法華経のあるはずがない。尼の方では、なんとか理由をつけて断ろうとしたが、とうとう断り切れず、貸すことになってしまった。しかし、ずる賢い尼は、ここでも一計を案じた。

尼は、法華経を借りようとする使いを先に返し、自分で法華経を持っていく事にさせた。尼から箱に入った法華経を受け取った龍門寺の僧は、さっそく開いて読もうとした。ところが何としたことか、箱の中には、黄ばんだ紙があるばかりで、どこにも文字が見当たらない。不思議に思って尼に告げたところ、尼は、

「わりゃ大事な法華経をどうした。だからこそ貸し申さずというたであろうに」

と嘆くことしきり。ついに、龍門寺の僧は信心が足りぬということで、評判はガタ落ちとなった。

ちなみに、尼はその後、食を断ち、経文に香を焚いて祈ったところ、見事に経文の文字が復活したという宣伝して、さらに布施物を得たそうな。

今昔物語、巻第七、震旦河東尼、讀誦法花経改持経文語第十八を読んで、心に浮かんだことを書いてみた。

3 comments:

  1. いまSleipnirで読んでる。IEのエンジンが使われてるのはしってる。
    関係ない記事に関係ないコメントして悪いけど、ぜひブラウザのラベル作っていろいろ書いて欲しい。
    なぜかというとクソブラウザ使ってるっていうのか?って出たから。

    Webサイトの表示確認用にFireFoxとOperaとGoogleのブラウザはインストールしてある。Safariはない。
    誘われて遊んでるブラゲはFireFoxでやってるよ。OperaとChromeは普段ほとんど使ってない。
    ずいぶん前からプニルの評判もあんまり良くないから、メインを切り替える機会を伺ってるんだけど、
    FireFoxのアドオンとかよくわかんないんだよね。

    *1 FireFoxを使ってる場合に関してなんだけど、
    URLを入力してEnter押すと見てるタブが変わっちゃうんだよね、新しいタブを出して表示とかできないのかな。
    リンクの場合は右クリックから出来るのは知ってるいよ。

    このくらいだったら自分で解決できるけど、そういうがちらほらあるといちいち解決したり、
    プニルの環境や動作の仕方に合わせたりするのって大変なんだよね、あまり重要性を感じないからやる気も少ないし。
    もちろん、FireFoxのこの動き方はぷにるよりいいね、って場合にはそのまま使ったりするつもりだよ。

    ようするに移行に関してメリットが余り感じられないし、Win98(→XP)の頃からIE使ってるし多少の愛着と惰性もあるんだよね。
    IEを選んで使ってるわけじゃないのに、馬鹿にしたり情弱扱いのコメントや記事を見ると、
    IE以外のブラウザも対して変わんない気にもなってくるんだよね。
    マイクロソフト嫌いなのかなとも思ったりすることもあるし。
    もちろんIEは微妙なことは知ってるし、ぷにるもいまいち。でも死ぬほどじゃないんだよね、閲覧に関して。
    それはデザイナーやコーダーがIEの各バージョンに対応するようにしてるおかげてこともあるよね、きっと。

    IEはダメって言うなら他ブラウザのオススメの記事も書くべきだと思うよ。
    ここが良いとか、こういう使い方がエレガントだぜ。とか。
    別に怒ってるわけじゃないよ、IEの評判は元々知ってるからね。
    慣れてないソフトを使うのって結構神経使うこともあるし、
    他ブラウザに関して愛着を持ってないからね。ぜひ使ってみたくなる記事を書いて欲しいな。
    IE使いって結構多いだろうから、その人達を他ブラウザにうまく誘導できたら、
    君を好きになってるだろうし、このサイトに愛着が湧いてると思う。
    寄付もあつまるかもね。暇があったらぜひやってみて欲しい。

    要するに、
    ハァ? お前まさかIEみたいなクソブラウザ使ってるっていうのか? アホか? もっとマシなブラウザ使えよ。速いし規格準拠だし、無料だぜ。
    を見て、わかってたけど不意打ちで多少ショックを受けたから、
    使ってるブラウザの記事があると思ったら、見当たらないから、
    IEうんこって言いたいだけかよって思ったりした。

    コメント消してもいいし、どうするかは任せるよ。
    推敲もしてないから、すごい文章だけど、怒らないで。コピペじゃないよ。

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  2. > 法華経を書写し奉るによって勧進す。
    ...
    > C++0x本執筆のための、寄付を募っています。
    並べて読むと興味深いですね。

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  3. すごい笑ったので他の人の感想も見ようとコメント欄開いたら、なんかガッカリした。
    なんでメールアドレス公開してるのに、わざわざ他人も見るコメント欄に不愉快な文面書くかなぁ…

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