2010-11-10

耳嚢

しばらく宇治拾遺物語集を書見せるに、右書を読み終わるによって、今は、耳嚢をぞ読みける。書見なる言葉は、いつごろより使われるやうになつたものか知らず。林太郎君の笑うところの言葉なり。

耳嚢は、当時の世上の話を集めたるものにして、およそ二百年前の文なり。根岸鎮衛(1737-1815)奉行が書きたり。

ともかく、耳嚢の文章は、非常に簡単で読みやすい。私が持っているのは、岩波文庫の第二版なので、当時の校訂者である柳田國男の言葉が、巻頭に載せてある。そのなかで、「わずかに125年しかたっていないのに、もうそのままでは読めない」などと書いてある。根岸の死んだ年は、ちょうど今から225年前にあたる。とすれば、柳田國男と現在とは、100年の隔たりがある。ところで、柳田國男の文章も、現代では、もうそのままでは読めない文章である。

柳田國男は、当時(225年前)は、談話と文章の距離が、今(125年前)よりよっぽど近かったのではないかと書いている。もちろん、耳嚢の文章は、口語とは異なるが、それでも、今(125年前)の語尾だけ見た目だけの言文一致よりは、よほど優れていたのではないかと書いている。興味深いことだ。

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