2012-10-10

IPアドレスという確証がある

明治になって、全国の名主に米を支給して郵便局になってもらい、郵便網を発達させた時、果たして以下のような拷問が発生しただろうか。

「俺はやってない」
「まだそんな白々しいことを言うか。消印という確証がある。この手紙はお前の住所のすぐ近くの郵便局から出されたものだ。つまりお前が出したに決まってるだろう」
「消印は個人を特定しない」
「今認めれば罪が軽くなるぞ。早く釈放できるしな。急ぐ必要はない。なにしろ時間はたっぷりある。いくらでも勾留できるからな」

あるいは、昔は以下のような浄瑠璃があっただろうか。

「斯様に候者は、名も無き弓矢取りに候。こたび、我が家より矢の飛び出して人を射殺すによって、其、厳しく咎めを受け、すでに誅せられ畢。我が家より矢の飛び来たるも、我が射たる証拠ならず、そも、我はその時、家には居らじ、と陳じしかども、弓箭の家に生まれてなんぞ見苦しき、早く自害して、名を汚す事なかれと責め立てられ、かくて長く世に別れ侍りぬ。あな口惜しや」

むろん、こんな拷問は馬鹿げている。しかし、同じことが現代では起きているのだ。人類のむしろ馬鹿になっているのではないか。

「警察・検察聞く耳持たず」PC感染で釈放男性 : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

遠隔操作型とみられるウイルスに感染した男性2人のパソコンから犯罪予告のメールが送られるなどした事件で、大阪府警に逮捕されたアニメ演出家の北村真咲(まさき )さん(43)(釈放)が、大阪市のホームページ(HP)に送られた犯罪予告メールについて、「文面にある『ヲタロード』という言葉さえ知らないし、市のHPも見たことがない」と周囲に話していることが、関係者への取材でわかった。

北村さんは「警察、検察の取り調べでも伝えたが、全く聞く耳を持ってくれなかった」とも訴えているという。

関係者によると、北村さんは7月中旬、ノートパソコンに買い替え、無料ソフトを数本ダウンロード。問題のメールは同29日に送られた。8月26日の逮捕まで10回前後、府警に任意で事情聴取され、「第三者がメールしたに違いない」「脅迫文の書き込み自体知らない」などと無実を訴えたが、逮捕。府警や大阪地検に「IPアドレスという確証がある」と聞き入れられず、「認めたら罪が軽くなる」と持ちかけられたという。

日本航空の顧客対応窓口に送られたとされる、日航機を爆破するとの内容のメールについても、北村さんは関与を否定している。北村さんは「精神的につらかった。釈放されてホッとしているが、警察から連絡があるたびに怖くなる」と話しているという。

しかし、なぜIPアドレスが個人を特定すると誤解されているのか。所詮、契約者名義までたどれるだけで、それ以降はどうしようもないではないか。ある車が犯罪に使われたとしても、車の登録名義と、実際の運転者が同じであるとは限らない。ハンコや署名があっても、本人が行ったものであるとは限らない。常に盗用の恐れがある。

リチャード・ストールマンは、Googleなどの検索エンジンを使うときは、自分の所有していない、不特定多数の人間に使われている状態にある回線とコンピューターを使う。リチャード・ストールマンがあるWebサイトを閲覧する必要があるときには、彼はURLを自分のサーバーに送る。サーバーは、メールに書かれたURLをwgetしてリチャード・ストールマンに送り返す。

wgetサーバーは手間を省くためだとしても、個人が特定される環境ではWeb上のサービスを使わないというこの姿勢は、というよりも、このような防衛をしなければならない現状は、極端である。

リチャード・ストールマンは、利用者の支配下にないソフトウェアが、ソフトウェアの提供元に不公平な権力の差をもたらすと知っているからだ。

クライアントソフトウェアたるWebブラウザーは自由だとしてもWebサーバーから送られてくるデータを解釈する際に、プログラムの実行に等しい挙動が起こる。であれば、このデータは、すでにプログラムであり、Webサイトの閲覧は、プログラムの実行である。このプログラムは、たとえば、自分の入力していない検索クエリーで検索するかもしれない。利用者の意思に反して動作するのだ。プログラムを実行する前に、その挙動を自分でいちいち検証するのは現実的ではない。これが従来のプログラムならば、多くの互いに係累なき人によって検証されたプログラムを実行することもできるが、他人の管理するWebサーバーという、利用者が所有しておらず、支配力も及ばないブラックボックスから送られてくるプログラムはどうしようもない。

自由なクライアントソフトウェアを使っていてなお、不自由なプログラムの実行は避けられない。もし、クライアントソフトウェアに悪意があり、自分の知らぬままに実行されていたならばどうか。

2 comments:

  1. 車の場合は過失の度合いにもよりますがたとえ事故を起こした運転者が別人でも名義者に責任があるんだそうで。

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  2. この事例を自動車に例えると、盗難車が事故を起こしたとき、その事故を起こした「真犯人」が名義上の所有者と言い切れるか、という話だよね。つまり、責任の有無は全然関係ないよね。

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