米がなくなったので、まだすこし体がだるいが、ふらふらと近所の米屋まで、米を買いに行った。そう、米屋だ。この米屋は、まだ米が専売だった時代からの店だ。今日、ふとしたことから、この米屋の面白い話を聞いたので、忘れないうちに書いておく。
この米屋は、ホテルなどの大規模に米を必要とするところに米を卸す商売と、店頭での販売をしている。店頭での販売と言っても、今風の接客があるわけでもない。店には開閉するドアもなくシャッターがあるだけだ。シャッターを開けると巨大な米袋が大量に積んであり、精米や秤のような機械も所狭しと配置してある。
「商品」は、シャッターを開けたところの棚に、四袋だけ陳列してある。先客がいたのでなければ、常に四袋並んでいる。いかにも米屋風の、5kgの米袋に手で詰めて袋の口を縛った「商品」だ。
「商品」は、グレードに応じて値段が付けられている。といっても、価格差は大体200円刻みぐらいで、一番安い商品と、高い商品の差は800円ぐらいだ。米の品種は記載されていない。私は別に、まずくなければ米のブランドなどどうでもいいのだが、米の品種を書かないことは常々不思議に思っていた。以前、一番安いものと高いものを食べ比べてみたこともあるが、私には味の違いは分からなかった。
さて、この米屋には、二人の人間がいる。ひょろっとした愛想のいい主人と、太った店番だ。この店番は、実際には他にもなにかしているのかもしれないが、私は主人がいない間の店の番をしているところしかみたことがない。実際、この店番は主人のような職人魂は感じられない。ただのオッサンである。今日は、あいにくと主人が米の配達に出かけていて、店番が座っているだけだった。私はいつも通り、一番安いグレードの「商品」を買い、「私の貧弱な舌では味の違いが分からない」とおどけた。すると、この店番は、自分にも違いがわからないといった。これをきっかけに始まった話は、とても興味深かった。
話の内容はこうだ。この商品の中身は、主人がブレンドしている。だから品種表示はない。米というのは、季節や年によって品質が変わる。どうもこの主人は、年間を通じて、米の粘りと味が変わらないように、常に味を見て、品質を一定に調整する独自のブレンドをしているのだという。
品質を一定に保つためのブレンド! そんなコーヒーやウイスキーのようなことを、米でやるとは!
なるほど、それで米の品種表示がないのは合点がいった。しかし、値段の差はどう説明するのか。
店番「それがよく分からんのです。単に高い米をたくさん使うとも限らないし。本人のこだわりとしか言いようがなくて」
私「なにか本気具合のようなものなんでしょうか」
店番「さあ?」
飲食業などに大量に卸す際にも、値段の範囲でブレンドして品質の調整を行なっているという。
店番「オレにはよく分からんこだわりでしてね。そんなことしなけりゃ余計な手間もかからないのに」
この米屋の店先は暑い。クーラーが設置されていないからだ。しかし、店の奥の米を保管する倉庫にはクーラーを設置し、常に涼しくしてあるのだという。ここはシャッターを開けた店先が作業場で、精米や計量などを行なっているのだが、今のような夏の暑い時期は、作業場である店先にはあまり米袋を出さないのだという。暑いと米が痛むからだ。米の保存は大事なのだ。
この米屋の店頭に、商品が四袋しか並べられていない理由も、米の品質のためだという。始めから作り置きしておけばいいのに、常に商品をグレード別に一袋づつ、四袋しか並べていない。もし、先客がある値段の商品を買っていって、補充の暇なく、その値段の商品を買う次の客が来た場合は、客を待たせてその場でブレンドをはじめる。私も何度かそのようにして買った。
店番「ふたつかみっつぐらいは作り置きしておけばいいのに、変なこだわりがあってやらないんです。それで余計に忙しくなってる」
私「素直に品種表示にしておけばそんな手間もかからないと思うのですが」
店番「まったくです。こだわりなんでしょう」
しかも、袋詰した商品が二日ほど売れない場合は、回収して詰め直すのだという。さらに、ギリギリまで精米を遅らせることもしていて、これも手間が増える一因になっているのだという。
そういえば、この店の主人は以前米を買った時、「これは新米だから少し柔らかいかもわからんで。柔らかいかなと思ったら水加減は少なめで」などと言っていたこともあった。まるで米の味を常に確認しているような口ぶりだったが、実際にそうだったとは。
すでに書いたように、この米屋には接客はない。米の作業所がたまたまそこで袋詰して売っているような店だ。私は店頭販売は趣味の領域ではないかと思っていたのだが、なんでも卸売だけでなく、店頭販売もそれなりに売れるのだという。このご主人のこだわりがあるからだろうか。
ただし、今風の接客はないが、昔風の接客ならある。この米屋の店先には、椅子が用意してあり、よく馴染みの客が座って他愛のない世間話をしている。いかにも伝統的な接客だ。
ちなみに、私がここ何年もこの米屋で買う理由は、味とか値段とかこだわりとは何の関係もない。家から近いことと、近所のチェーン店スーパーと価格差がないからである。味については分からない。
まあ、悪意をもって解釈すれば、クズ米の味をごまかすためのブレンドである可能性もあるわけだが。
そして、米トレーサビリティ法との兼ね合いもきになる。
しかし、この法律もけったいな名前だ。「トレーサビリティ」とカタカナで書いてもさっぱりわからない。むしろいさぎよくtraceabilityと書いたほうがマシだ。
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