残暑も残る8月27日の日曜日のことであった。その日、私は知人のぽんこつさんが自宅でボードゲーム会を行うというので、昼からぽんこつさんの住んでいる麻布十番に出かけた。
その日の私の出で立ちは、7月3日に受けた違法な職質のときと同じ、帽子、即乾シャツ、即乾アームカバー、デニム生地風ストレッチパンツ、半長靴であった。
また、リュックの中にはボードゲームを満載し、かつボルダリングの道具も入れていた。これはぽんこつさんの自宅近くにスパイダーというクライミングジムがあり、ボドゲ会が終わった後に行こうと考えたためである。
約束の12時に間に合うよう、余裕を持って家を出たつもりであったが、待ち合わせ場所の麻布十番駅についたときにはすでに12時20分。ぽんこつさんの姿は見当たらない。
これはうっかり出遅れた。ぽんこつさんとボドゲ仲間達は今頃、どこかの飲食店で昼食を取っているに違いない。私は携帯電話を所有していないため、ぽんこつさんに連絡を取るのが不可能だ。しかし、私はぽんこつさんの自宅を知っている。単独で向かえばよかろう。そう判断した私は、道中のコンビニで軽食を買い求め、ひとりぽんこつ宅に向かった。
ところで、麻布十番というのはやや特殊な場所である。極めて地代が高く、およそ人の住む場所ではない。ぽんこつさんは職場がどこであれ、職場近くに住むという強い信念を持っている人だ。しかし、さすがに麻布十番という場所は、優秀なエンジニアである彼の少なからぬ給料から考えても、やや家賃が高いはずだ。第一周辺環境が人が住むのにまるで向いていない。例えば、麻布十番には安いフランチャイズ店 の牛丼屋がない。麻布十番という地代は牛丼屋で利益を見込めないからであろう。一方、マクドナルドはある。マクドナルドの価格帯からすると、麻布十番に出店するのは大赤字のはずだが、おそらくこれは「マクドナルドはどこにでもある」という雰囲気を出すための広告の目的も兼ねて出店しているのであろう。
また、麻布十番は、路上にやたらに警察官が警備に当たっている。これはどうも、麻布十番には諸外国の大使館が多いためらしい。また、当日は麻布十番で祭りが開かれているらしく、いつもに増して路上に立つ警察官の数が多かった。
さて、ぽんこつさんの自宅についたが、あいにくとインターホンに応答がない。どうやらぽんこつさんとそのボドゲ仲間たちは、まだ昼食に出かけているようだ。さてどうしよう。
すでに書いたように、私は携帯電話を持っていないので、ぽんこつさんと連絡が取れない。この場を離れると、ぽんこつさんと入れ違いになってしまう可能性がある。ぽんこつさんはせいぜいあと2,30分もすれば昼食から帰宅するはずである。すると、私の取るべき最適な行動は、ぽんこつさんの自宅近くの路上でぽんこつさんの帰宅を待つということになる。そこで私は、自宅近くの路上に座り込み、コンビニで買った軽食をつまみながらぽんこつさんの帰りを待っていた。あいにくと現場は民家と接客を伴わない何らかの事務所などしかなく、ぽんこつさんの自宅を視界に収めることができる喫茶店のたぐいは存在しなかったからだ。
そのまま10分か20分ほど軽食を使いながら待っていると、路上に立っていた警察官がこちらに歩いてきた。
「さきほどからここにとどまっていますが、ここで何をしているのですか」
この警察官は私が先日違法な職務質問を受けたかどで国賠訴訟を提訴した人物であるとは思いもよらないはずだ。私は吹き出しそうになるのをこらえながら答えた。
「人を待っています。私は携帯電話を持っていないもので連絡を取る手段がないのです」
「荷物の中身を見せてもらっていいですか」
「なるほど、この場合は妥当な理由があると私も認める状況ではあります。見せましょう。しかし・・・」
と、ここまでいいかけたところで、ぽんこつさんとボドゲ仲間たちが道の向こうからやってきた。彼らは私と警察官が話し合っているところから、状況を一瞬で察したらしく、爆笑しながらやってきた。
その後、路上とぽんこつさんの自宅に入ってからもしばらく、我々の爆笑が止まらなかったことはここに書くまでもないことだ。その後、我々はボードゲームを行い。解散後、私はクライミングジムに行って、そして帰宅してこれを書いている。
これで私の人生において職質を受けるのは4度目だ。今回の職質は、その文脈上、開始するにあたって妥当な理由があると私も認めざるを得ない。さりながら、やや気になる点がある。私が「しかし」に続けて警察官に言おうとしたが、仲間が来たために言いそびれたことだ。
職務質問の根拠法である警察官職務執行法は、停止させて質問ができると書いてある。所持品の捜索ができるとは書いていない。所持品の捜索は憲法35条が令状なくしては行えないと定義するものであって、通常ならば令状のない所持品の捜索は違憲である。
しかし、過去の判決により、職務質問に付随して令状なしの所持品の捜索は違憲ではないという判例が存在する。しかし、あくまで、「職務質問に付随」して行えるものであり、当初から所持品の捜索を目的として行えるものではない。
今回、警察官は私の所持品を捜索すべき理由を何も告げずして、単に「荷物の中身を見せろ」と言った。これは職務質問に付随して行ったものであろうか。職務質問に付随して行うと言うからには、質問の過程で所持品の中身を改めることによって犯罪の有無を明らかにできると判明した場合に行うべきだろう。今回の職務質問は、単に私が何をしているか質問し、その答えを聞いただけで、突如として何の脈絡もなく、理由もなく、「荷物を見せろ」と言ったのであって、果たしてこれが職務質問に付随したものであると言えるだろうか。
警察官職務執行法には令状なく所持品の捜索ができるとは書いていない。私が過去に四回受けた職質では、皆同様に何の脈絡もなく即座に所持品の検査を要求されている。本来ならば憲法35条に違反する令状なしの所持品の捜索がこのようにたやすく行われる現状はおかしいのではないか。
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