2009-12-21

金之助君のこころに登場するクソ長い手紙

@nifty:デイリーポータルZ:「こころ」の手紙を実際に書いてみる

金之助君の書いた有名な小説、「こころ」は、学校の国語教科書にも載るほど有名だ。その小説の半分以上が、「先生」の書いた「手紙」に費やされている。しかし、これは結構な分量である。いったい、本当に書くとどのくらいになるのだろうか。幸い、それを実行に移した猛者がいた。

まず、筆記にかかる時間である。

40時間近くかかった書き写し

一方、先生はというと、

死のうとしてから十日以上になりますが、その大部分は貴方にこの長い自叙伝の一節を書き残すために使用されたものと思って下さい

十日ぐらいかかったらしい。まあ、死ぬ前の最後の書き収めだと思えば、十日で40時間筆記することは、不可能ではあるまい。

次に紙の量である。作中では、原稿用紙に書いたとあるが、それは手間がかかりすぎるとのことで、ここでは横罫の便箋にしてしまっている。それでも、かなりの量だ。作中では、

その郵便を受け取った私はすぐ不審を起した。それは普通の手紙に比べると余程目方の重いものであった。

重いという表現を使って、手紙の分量を表している。便箋とはいえ、現実にはどのくらいなのか。

それ(便箋)を3冊と4ページで、計154ページ分。

全てを重ねると、厚さ11ミリ・重さ320グラムに。

どうやって送ってきたのかというと、

半紙で包んで、封じ目を丁寧に糊で貼り付けてあった。

封じる便宜のために、四つ折に畳まれてあった。私は癖のついた西洋紙を、逆に折り返して読み易いように平たくした。

現実は、

そうか、より原作に近づけるには、封筒ではなく半紙で包めばいいのだな。そして書いた物は四つ折にすればいいのだな。

とは言うものの、四つ折どころか二つ折りさえ不可能。

折り目をつけるのは不可能だということである。

リンク先では、この偉大なる分量の手紙を受け取った際の反応として、当然起こりうる「私」の反応を考察している。

まず手紙を受け取り、食べ物だと見当をつける。さうして、それが手紙であることに気がついて当惑する。封を開けると、丸めてあった紙が一気にもとに戻ろうとして驚愕する。さうして、その分量に唖然とするのである。さらに流し読みをしてみると、どうやらこれが、遺書らしいことが判明する。「私」は重苦しい雰囲気に押しつぶされてしまふ。

ところで、現代では、紙とペンより便利な文明の利器が存在する。もし、先生がこの手紙を、現代の方法で送ってきたとしたら、その分量はどのくらいだろうか。

とりあえず、青空文庫から、手紙の部分の分量を測ってみた。shift-jisなら169KB、utf-8なら253KB、utf16なら、170KBであった。ためしにutf-8版を、7zipで圧縮してみたところ、66KBであった。

まあ、これぐらいなら、問題なくメールで送れる。そもそもKJV聖書のテキストですら、数MBなのだ。およそ人間の打ったテキストをメールで送る分には問題がない。この程度のサイズなら、メールで受け取っても、別に驚きもないだろう。ただし、受け取った後、それがテキストであることに驚き、さらに読むのにうんざりすることだろう。

追記:青空文庫からコピペした際に含まれていたrubyを削除して、容量を計算し直した。

しかし考えると、別にわざわざ書き写すことはなかったんじゃないかと思う。青空文庫からのテキストで計算すれば、文字数にして、87313文字。400字詰め原稿用紙、219枚分である。改行、空白の行などを考えても、二百数十枚が相場ではなかろうか。

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