2011-12-27

鬼を笑わせる

今年も残り少なくなってきたところで、鬼を笑わせるような未来予測をしてみたい。ところが、どうも今は、さっぱり希望がでてこない。というのも、PCの進化がどんどん遅くなっているようなきがするのだ。

たとえば、CPUの処理能力は、ここ数年、驚くほどの向上はない。少し向上はしているものの、その向上が目にみえて実感できないのだ。もはや、我々はMP3のエンコード速度を気にする必要はない。ゲームなど、もはやCPU依存ではなく、GPU依存になっている。動画のエンコードでは多少の実感ができるが、やはり一般的とは言いがたい。

GPUはCPUよりまだ希望がある。といっても、今のPCゲームは、低スペックなコンソールに足を引っ張られて、その性能はあまり意味がない。GPGPU(GPUによる汎用コンピューティング)は、あまりにも適用可能な範囲が限定的で、やはり一般人が直接その恩恵に与ることはない。

HDDの容量なんてもはや誰も気にしないし。SSDは値段が下がる程度の予測しかできない。

もうPCの世界からみると、ハードウェアの進化は止まっているも同然なのだ。

ただし、これがスマートフォンになると、かなり未来は明るい。スマートフォンのハードウェアは、年々進化している。もうしばらくすれば、グラフィック性能が現行コンソールに追いつくだろう。その時、果たしてゲームコンソール、すなわちゲーム専用機は、生き残れるだろうか。今より少しグラフィック性能を上げただけでは、果たして差別化出来るだろうか。十分なグラフィック性能をもったスマートフォンを誰もが持っている世界では、ゲーム専用機など無意味である。実はPCすら危うい。もし、ディスプレイとの接続がワイヤレスになれば、果たしてPCは生き残れるのか。

もちろん、無線によるディスプレイ接続は、帯域的にまだ現実的ではないが、いずれ実現されると考えている。鬼が一番笑いそうなのはここだろうか。

ただし、スマートフォンでひとつ気になるのは、自由が全くないということである。PCならば、どのハードウェアを使うか、どのOSを使うか、どのネットワークを使うか、ということは、自由である。ソフトウェアも、様々な配布形態がある。ところが、スマートフォンでは、こうは行かない。ハードウェアとOSは固定されており、ネットワーク提供者も、大抵固定されている。ソフトウェアは統一された唯一の中央マーケットから入手しなければならない。しかも、このマーケットでは、ソフトウェアには事前に検閲が行われているし、遠隔操作によるユーザー側のスマートフォンのソフトウェアの消去も可能なのだ。これはどういうことだ? 今年は1984年か?

PCならば、ハードウェアには様々な標準規格がある。しかし、スマートフォンにはそんなものはない。ハードウェアとOSがセットになったAppleはさておき、androidさえ、ハードウェアの仕様はころころ変わるので、昔のハードウェアに最新のandroid OSを入れるということが困難である。

さらに、特許の問題がある。スマートフォンの世界では、私のコモンセンスで考えるに、自明であるようなアイディアにまで、特許が与えられている。特許はアイディアに与えられるものだっただろうか。ユーザーの利便性と普及を考えれば、機能やデザインを統一するのは理にかなっている。キーボード配列やマウスは、信号は規格化されているし、レイアウトも規格化されている。スマートフォンにはこれがない。みなてんでバラバラに実装し、それぞれ独自発明であるとして特許を取得し、市場原理に則った競争をせずに、特許裁判に明け暮れている。

もし当時、キーボードのレイアウトやマウスの形状、またはその信号方式に、今のように激しく特許を主張し、各社ともてんでバラバラに実装していたとしたら、今日のPCの興隆はあっただろうか。

これをもってこれをおもうに、あと10年ほどは、PCのスマートフォンに対する優位性は揺るがないであろう。PCがはるかに優れているためではなく、スマートフォンが足の引っ張り合いで自爆しているためである。したがって、私は今、スマートフォンについて何か学ぶ必要は一切ないと結論できる。この不自由と特許の問題が解決されてから学んでも遅くはないだろう。

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