2013-08-02

圧力鍋で行える最も危険な行為は、二フッ化二酸素の生成

Ex-Employer, Not Secret Spying, Triggered Police Inquiry of 'Pressure Cooker' Search | Threat Level | Wired.com

アメリカで「圧力鍋」と「リュックサック」という検索クエリーでGoogleで検索した人間が警察の捜査を受けたというニュースがある。どうやら、警察がGoogleの検索クエリーを無差別に傍聴しているのではなく、昔の職場のコンピューターで検索した履歴を、雇用者が見つけ、警察に通報、警察が通報を受けて捜査ということらしい。

いくら圧力鍋とリュックサックを使った爆破事件が最近あったからといって、そのようなキーワードを使用した人間を捜査するというのも馬鹿馬鹿しい話だ。まあ、いたずらにSWATを送るという意味のswatingという言葉まであるアメリカらしいお国柄と言えるのだろうか。

それはさておき、以前、xkcd.comのRandall Munroeが、what-ifで圧力鍋で行える最も危険な行為について考察していた。

Pressure Cooker

それによると、圧力鍋で行える最も危険な行為は以下のようなものである。

圧力鍋を5PSI(訳注:約34KPa)の酸素で満たし、安全弁から漏れだすまでフッ素を送り込む。700℃(これは℃であって°Fではない。もちろん、これは火災警報器を鳴らすであろう)に達するまで火にかける。そして、熱せられた蒸気を液体酸素で冷却されたステンレス鋼の表面に送り込む。

この手順はやや難しいが、正しく行えば、蒸気は二フッ化二酸素(O2F2)になる。

二フッ化二酸素の危険性については、検索してもあまり見つからない。この理由は、二フッ化二酸素は現在まともな利用例がなく、実験で作られるだけであり、その実験も、稀にしか行われないからのようだ。また、まともな化学者は名前を聞いただけで震え上がるようだ。

What ifでも言及している、化学者のブログIn the Pipelineで、O2F2について書かれている。タイトルは、「俺が絶対にかかわらないもの:二フッ化二酸素」

Things I Won't Work With: Dioxygen Difluoride. In the Pipeline:

最新版の俺が絶対に扱いたくない化学物質リストの改定は、フッ素科学の素晴らしき世界へと我々を誘う。私はこの分野で如何に研究がなされてきたか、一番初めに行われた研究がどのくらい昔なのか、いかに多くの危険で厄介な化合物が注意深く研究されてきたかを思うと、唖然とせずにはいられない。今日の研究の礎となった記念すべき実験がこれだ。

加熱器は約700℃まで熱せられた。部屋の照明を落とせば、加熱器のレンガが鈍く赤い光を放っているのが観測できる。タンクは300トルの酸素で満たされている。そして、全体の圧力が901トルになるまでフッ素が加えられ・・・

その通りだ。これから次に行うことは、まさしく読者が予想していることだ。酸素とフッ素を混合物を700度に加熱されたレンガに注ぐのだ。「おいよせ、やめろ」というのが、これに対するほとんどの化学者の反応だろう。「少なくとも俺が1マイルは離れてから、いや、風向き次第では2マイルだな」。これが、読者諸君、二フッ化二酸素を作り出す準備であり、文学的にはしばしば、FOOFの発生手順と呼ばれている。

まあ、「しばしば」というのは、相対的なものだ。これに関するほとんどのものは、単に考察している者たちであり、実際に作り出す者ではない。Rarely does an abstract that mentions density function theory ever lead to a paper featuring machine-shop diagrams, and so it is here. Once you strip away all the "calculated geometry of. . ." underbrush from the reference list, you're left with a much smaller core of experimental papers.[訳注:意味不明]。

実にハードコアだと言える。これは1932年のドイツで、RuffとMenzelによって準備された。彼らは愛すべきバカであった。というのも、これは何もフッ素について注意されていなかった時代ではないのだ。そもそも、フッ素はまだ単離される以前から注意されてきた。単離作業は1800年代に優に50年かかった。(単離にあたって、爆発したり中毒した人間の一覧は実に興味深い)。しかもこれは室温である。恐ろしげな700度では、フッ素は単原子ラジカルになり、その紳士的で慈悲深い性質を失う。しかし、この世で最悪の生産物を作るために酸素と反応させるというのは、つまりはそういうことだ。

FOOFは低温度下でしか安定しない。このようなものはとてつもなく細かくしないとRTにできない。筆者はこれを後の利用のために、90ケルビン下で個体にして保管した例を一件だけ知っている。しかしその論文、テンプル大学のA. G. Strengによる1962年の実験は、様々な点で深刻に危険である。Strengは二フッ化二酸素を複数生成して保管しただけでなく、様々な物質との反応を確かめる実験をしていたのだ。あらゆる物質だ。ひとつひとつ確かめていった。

「高エネルギー酸化剤である二フッ化二酸素は、有機化合物と強く反応する、たとえその融点に近い温度であったとしてもだ。固体エチルアルコールと瞬時に反応し、青い炎と爆発を生じる。O2F2の一滴が90°Kに冷やされた液体メタンに加えられたならば、...、白い炎が瞬時に生じ、燃焼するに従って青く変じる。0.2(mL)の液体O2F2が0.5(mL)の90°Kの液体CH4に加えられたならば、激しい爆発が起こる。」

しかもこれはウォーミングアップにすぎないのだ。もし、ウォーミングアップという言葉が、物質を-180℃(もし読者が台所用の温度計しか持ち合わせていないのであれば、これは華氏-300度にあたる)で起爆させるということに使っていいのならの話だが。多くのStrengの反応実験は、二度と実験されることはないだろう。論文はさらに、FOOFを、読者は反応させないだろうあらゆるものと反応させることについて続けている。アンモニア(「激しい」、100Kにおいて)、水の氷(爆発、自然に)、塩素(「激しい爆発」、そのため、彼は二度目にはもっとゆっくりと加えることにした)、赤リン(あまりよくない)、フッ化臭素、三フッ化塩素(なんだと?)、過塩素酸フッ素(!)、四フッ化二窒素(ありえん)、さらに続く。もしこの論文が文法的にまともで、JACSから発行されているのでなければ、狂人の所為だとみなすだろう。私は二ページ目に達した時点でうめき声を上げた。読者諸君、A. G. Streng、こいつは腐食性爆発ケーキすら食えるぜ。俺のアスベストチタン帽も脱帽だ。

Strengですら、予定していた実験のうちのいくつかはあきらめなければならなかった(bonus dormitat Strengus?[訳注:ラテン語、意味は、「良きStrengすらかぶりをふるのか?」、元ネタはホラティウスのArs poeticaに出てくる、 indignor quandoque bonus dormitat Homerus(良きホメロスすらかぶりをふるのはうんざりだ)])。硫黄化合物は、その温度差が激しすぎるため、彼ですら負けた。例えば、硫化水素はFOOFの分子4つと反応して、六フッ化硫黄と、HF分子ふたつと、酸素4つと、433キロカロリーを生じる。この発熱は、誰でも絶対に何が何でも避けたい反応だろう。FOOFと硫黄との化学はまだ未開拓であるので、サタンのキムチを料理したければ、やるといい。

追記:これはモルあたり433キロカロリーであって、分子あたりではない(分子あたりは、核分裂や核融合でも不可能である。こちらを参照)。化学者はほぼ常にモル単位のエネルギーを考えるので、混乱が生じた。それでも馬鹿でかいエネルギーではあるし、読者はこのような反応を引き起こしたくはないだろう。

さて、誰か二フッ化二酸素を何かに使っているのか? 筆者の知る限り存在しない。この物質に対する最近の研究のほとんどは、ロス・アラモスの研究グループの手により行われていて、プルトニウムとか六フッ化ネプツニウムとかの国防物質の準備に使われている。しかし、この構造物をSciFinderで検索すると、予期せぬことに、商用販売しているところがあるそうだ。それはHangzhou Sage Chemical社である。この会社は、100g, 500g, 1キロの単位で販売しているそうだ。これは実に興味深いことだ。というのも、筆者は1キロの二フッ化二酸素はいまだかつて存在したことがないと思うからだ。誰か電話して、無料配達を頼んでみるべきじゃないだろうか。もし彼らが無料配達を断ったら、Amazonもこれを売っていると告げるべきだろう。お客様へのサービスは大事にしろよ。マヌケめ。

どうやら、二フッ化二酸素というのは、-180℃でほとんどの有機化合物を発火させることができるほど凶悪なシロモノらしい。

2 comments:

Anonymous said...

意味不明という部分について。

Density Functional Theory(密度汎関数理論;原文ではfunctionとなっているがtypoと思われる)は量子化学計算の分野でよく用いられる手法です。
ここでは、理論的興味によって為された研究の対象分子として、O2F2が選択される場合があり、"calculated geometry of. . ."といったくだりが含まれるものを取り除けば、(理論研究ではなく)実験家の論文(paper)を得ることができる、と言っています。
"geometry"とは、この文脈では分子構造のことを指します。大雑把に言えば、量子化学計算では、プログラムに分子構造を与え、波動関数を出力として得ます。

実際、フッ素は(光学応答などの分野で)理論計算の対象として難しいことが知られている元素です。

江添亮 said...

なるほど、変に訳さずに正解だった。