2014-09-22

兎のピイタアの話

ビアトリクス・ポツタア

ある所に四匹の子兎が住んでゐて、名前を、フロプシイ、モプシイ、コツトンテイル、ピイタアと云つた。大きなモミの木の根本の砂穴の中に住んでゐた。

「さあ、お前たち」と、ある朝、母ウサギは云つた。「野原や道端には行つてもいいけれど、マクグレガア翁の畑に行つてはいけないよ。父さんはあそこでひどい目にあつたのだから。マクグレガア嫗に料理されてパイになつてしまつたのさ」

「さあ、一緒にお行き。滅多なことをするでないよ。私も出かけるからね」

そして、母兎は編みかごと日傘とを持つて、森を通つてパン屋へと向かつた。母兎はパンを一斤と、人参パンを5個買つた。

フロプシイ、モプシイ、コツトンテイルは、良い子兎で、道々に黒苺を集めた。

ピイタアは、いたずら好きで、まつすぐマクグレガアの畑に駆けて行き、扉の下をくぐり抜けた。

まずはレタスをいくつか食べ、鞘付きの隠元豆を食べ、さらに大根を食べた。

すると、気分が悪くなつたので、パセリを探すことにした。

だが何と、胡瓜の箱植の角で出会つたは、マクグレガア翁に他ならなかつた。

マクグレガア翁は這ひつくばつてキャベツの苗を植ゑてゐたが、飛び上がつて、鋤鍬を振り回し、「止まれ泥棒」と叫びながら、ピイタアを追ひかけた。

ピイタアは極めて恐怖した。扉の場所を忘れてしまつたため、畑中を逃げまわつた。靴の片方はキャベツ畑になくし、もう片方は馬鈴薯畑になくした。

靴をなくしてからは、四足になつて走つたため、一層速く走れるようになつた。グズベリイの網にぶつかつて、上着の大きなボタンをひつかけさえしなければ、逃げおおせたものと余は思ふ。金ボタンの付きたる青上着にて、まだ新しかつた。

ピイタアは諦めて、ひどく泣いた。泣き声は親しげな雀に聞こえ、飛んできて、叱咤激励するのであつた。

マクグレガア翁は笊を持つてやつてきた。ピイタアの上に被せようとする積もりである。ピイタアはちようど、上着を残して、もがき逃れた。

物置小屋に逃げ込み、じようろの中に飛び込んだ。中に水が入つてゐなければ、隠れるにこの上なく都合のいい物であつたろうに。

マクグレガア翁はピイタアが物置小屋の中にいるものと考へた。植木鉢の下にでも隠れてゐるのかも知れぬ。翁は慎重に鉢をひつくり返して調べ始めた。その時、ピイタアはくさめをした。「ハツクシヨン」。マクグレガア翁はすぐさまピイタアを追ひかけた。

さうして、ピイタアを足で踏み潰さうとしたが、ピイタアは窓から飛び降り、植木鉢を三つひつくり返した。窓はマクグレガア翁には小さすぎたし、翁はピイタアを追ひかけるのに疲れてしまつた。翁は野良仕事に戻つた。

ピイタアは休まうと座つた。息を切らせ、怖さに震えてゐた。そして、どこに行くべきか分からずにいた。じようろの中にいたので、ずぶ濡れであつた。やがて、ピイタアは辺りをうろつきはじめた。ふらふらと、ゆつくりと、辺りを見て廻つた。

壁に扉を見つけたが、鍵がかかつていて、丸々と肥えた子兎がくぐり抜けることはできなかつた。一匹の古鼠が、ドア下の石畳の上を出入りし、森に住む家族のために、豆を運んでゐた。ピイタアは扉への道をたずねたが、この雌鼠は大きな豆を口の中に入れているため、答えなかつた。雌鼠は首を振つた。ピイタアは泣きだした。

さうして、ピイタアは畑を一直線に突つ切ることで道を探さうとしたが、ますます迷つてしまつた。さて、ピイタアは、マクグレガア翁がじようろの水を汲むためのため池に突き当たつた。白猫が金魚を見つめてゐる。この雌猫は座つたままぴつたりと動かなかつたが、尻尾だけは、別物のように動いた。ピイタアは話しかけぬ方が賢明であらうと考へた。猫のことは、いとこの子、ベンジヤミン兎から聞いてゐた。

ピイタアは物置小屋の方に戻つたが、急に、とても近くで、鍬の音が聞いた。ザク、ザク、ザク、ザク。ピイタアは茂みの下に隠れた。しかし、何事もなかつたので、出てきて、手押し車に登つて覗き見た。マクグレガア翁が玉葱畑を耕しているのが、まず目に入つた。翁はピイタアに背を向けてゐて、その後ろに、扉があるではないか。

ピイタアは静かに手押し車から降りると、全速力で、カシスの茂みから一直線に走りだした。マクグレガア翁は曲がり角でピイタアを見つけたが、ピイタアは意に介さず。ピイタアは扉の下をくぐり抜けて、ようやく、畑の外、安全な森の中に出た。

マクグレガア翁は小さな上着と靴を吊るして、鳥を脅かす案山子となした。

ピイタアは大きなモミの木の家に辿り着くまで、止まらず、後ろを振り返ることもなかつた。とても疲れてゐたため、兎穴の柔らかい砂の上に寝転がると、目を閉じた。母親は料理に忙しかつた。母親は服をどうしたのかと不思議がつた。この二週間で、服と靴をなくしたのは二度目なのだ。

余は、その晩のピイタアは気分が優れなかつたと語らねばならぬ。母親はピイタアを寝床に寝かせ、カモミイル茶を沸かして、ピイタアに一服飲ませた。「寝る前に匙一杯よ」

フロプシイ、モプシイ、コツトンテイルは、パンと牛乳と黒苺の夕食をした。終わり。

1 comment:

Anonymous said...

冒険とは、人を育てますが行き過ぎれば支えきれず死んでしまいます。
パイにならなかっただけまだよかったですが、大変でしたね。
まぁ、こういう冒険が好きな人が長生きすれば最終的に何らかの発明をすると思います。