2013-06-05

食べる自由

トーキョーシティで働く一般社員の春部ダンは腹をすかせていた。時刻はちょうど正午、今から一時間は雇用の免除時間であるので、どこか適当なタベモノ店で食事をとりたいところだ。ダンは労働部署を出て、タベモノ店地区に向かった。冬の寒さが身にしみる。こういう時は、暖かいカレーうどんでも食べたいものだ。カレーうどんは一般社員のタベモノとしてふわさしい。

ダンは会社から発行された食事許可カードがポケットに入っていることを確認しつつ、ぶらりとタベモノ店地区へ向かった。この食事許可カードがなければ、食事にはありつけないのだ。カードには非接触ICが搭載されており、ダンが食事の権利を持つ者であるという身分証明もかねているのだ。

ダンには、というより、ほとんどの一般社員には、行きつけのタベモノ店などというものはない。一般社員が利用できるタベモノ店は数社の企業による寡占フランチャイズで、どの店で食べてもちゃんと綿密に設計された味と量と安全性が保証されているからだ。核心社員ならば、もっと上等な専門店の利用許可が得られる。専門店には、ダンは今の会社の20年間勤務の報奨として一度しか行ったことがないが、そこでは専門的な訓練を受けた職人が手作業でタベモノを作っている。もちろん、安全には最新の注意が取り払われるものの、人間の行うことなので多少のリスクは覚悟しなければならない。この手作業でタベモノを作る行為は、「リョーリ」と、そう呼ばれている。昔、我々がまだ近代的な企業主義™を発明する以前の頃は、極めて非効率的なことに各社員(当時は市民とか国民とか人民とか、それぞれの主義によって呼ばれていたが)が独立してリョーリなるものを作成していたらしいと、ダンは会社の意識教育で習ったことを思い出した。今では、手でリョーリを作成するのは、一部の好事家がやることだ。ただし、最近ブームになったのか、先週あたり、テレスクリーンでも報道されていたのを、ダンは記憶している。「まったく、最近の若いものは危険な遊びをしたがるものだ」と、ダンは自分の過去は棚に上げて無責任に思う。

ダンがタベモノ店地区に近づくと、メガネにタベモノ店の広告が流され始めた。まだ数百メートルは離れているというのに、大したものだ。タベモノ店は、ダンのポケットの中のカードに内蔵された非接触ICとのコネクションの確立に成功したので、ダンのメガネに広告を送っているのだ。この非接触ICの当初の設計上の通信距離は30メートルである。しかし、サーバー側の日進月歩の技術革新により、今や当初の想定を超えて、数百メートルの距離を隔ててコネクションが確立できるまでになっている。他社に先んじて広告を見せることができれば、それだけ有利なので、通信距離の延長技術には、今特に投資の盛んな分野である。ダンは他の社員とは違い変わり者なので、あまり広告が好きではない。そのため、ダンは視点操作で広告の通過率を上げた。メガネに映る広告を完全に消し去ることはできないにせよ、少なくとも、ある程度は通過率をあげることができる。もちろん、通過率をここまで上げることができるのは、ダンが一流企業に属しているためである。平等な社員とはいえ、他の社員よりは、より平等なのだ。

ダンは広告を最初に表示したのではないが、さりとて最後尾に回ったわけでもない、あるタベモノ店に入った。広告は嫌いだとはいえ、広告送信技術に十分な設備投資をしていない企業のタベモノ店は、その他の設備投資の状況も疑問である。また、このような中間層の店は、技術的には先んじて広告送信することも可能ではあるが、あえてお客様に配慮して、わざと広告送信を遅らせて、中間層に甘んじていることもある。このようなオモテナシの精神を、ダンは高く評価する。広告は見せられる契約とは言えど、時としては、ベストを尽くすのが最善ではない場合もあるのだ。そして、これはまさにそういう場合だ。

「いらっしゃいませ。この度は弊店にご来店いただき、まことにありがとうございます。本日はおひとり様でいらっしゃいますか」

ダンが店に入ると、流暢な合成音声が案内をする。無論、ダンは1人であることは文脈的に明らかであるが、曖昧性の解決には、面倒でもお客様に聞くのが一番だ。これをせずにアルゴリズムは万全であると信じてヘマをやらかす会社がいくつもある。どうやら、ダンは正しいタベモノ店を選べたようだ。

「ああ、ひとりだ。それぐらい見て分からんのかね。席はどこかね。はやく案内したまえ」

ダンはわざと横柄に要求する。これはテストである。試験である。お客様は神様アルゴリズムを正しく実装している人工知能ならば、丁寧に対応するはずである。

「かしこまりました。春部ダン様。当社のソーシャルグラフで友人の可能性が非常に高いと評価された小野寺サイムさんがいらっしゃっております。同席なさいますか?」
「ナニ? サイムのヤツが来ているだと。珍しいこともあるものだ。同席しよう。案内したまえ」

サイムはダンの初等社勤務時代からの友人で、高等社まで一緒の会社に勤めていた仲だ。大学社のときに別々の会社に分かれてしまったが、今でも時々は会って話をする仲だ。サイムは研究職に進み、今では食品研究をしていたはずだ。

移動中、ダンのメガネに契約文が表示され、同意が促される。曰く、「当社のタベモノの保証は当店内にのみ限定されていること」、「近年の法改正により、許可無く保護されたタベモノを持ち帰ったり、複製、公衆送信をするのは、たとえ従来の私的飲食の範囲であっても犯罪であること」、「犯罪はすみやかに通報し、厳格に処罰されること」などの警告的な契約文が非常に小さな文字で延々と続く。ダンは読まずに同意ボタンを視点操作で選択し、契約同意画面を消した。ただし、「食い逃げは犯罪であること」という警告文だけは、店内にいる間は絶えずメガネに表示される。ダンは視点操作で警告文をできる限り縮小し、通過率も最大に設定した。

サイムは席に座り、料理を前にして、ナニがおかしいのか、一片の肉片をにやけながら見つめていた。ダンが正面に座っても気がつかない様子だ。サイムは昔からこういう技術者くさい人間だった。

ダンはすっかり挨拶する機会を逃してしまい、そのままぼーとサイムを眺めていた。やがて、サイムは顔を上げ、ダンに気がついたらしく、仰天して早口でしゃべりはじめた。

「やあダンじゃないかめずらしいねいったいどうしてここにだれかにきいたのかいいやまてそんなはずはないぐうぜんだよねきっとそうだそれにしてもひさしぶりだね」

こういう時のサイムは、ただ喋り終わるまで待っている他にしようがない。彼の頭脳の割り込み機構は故障しているらしい。

ようやく口を止めたサイムに対して、ダンはご無沙汰の挨拶をした。

礼終わり、座定まって後、ダンはサイムが何をそんなに眺めていたのかたずねた。

「これかい。これはうちの会社の開発中のポークだよ。この店と契約して試験運用しているんだ。ほら、この店に入る時同意した契約にあったでしょ。」

あっただろうか。ダンは履歴から契約文を読んでみた。なるほど、確かに、「当社の肉等のうちポーク等はM社で開発中の遺伝子プログラム肉等を使っている可能性があります」とある。

「いまどき遺伝子プログラミングとは古典的だね。もうじきフェムトテクノロジーも実用化されると、こないだテレスクリーンでやってたが」
「いやー、フェムトテック、というかそのマーケティング用語嫌いなんだよね。原子核プリンターはまだまだだよ。もうしばらくはピコテック、つまりは原子プリンターで我慢しないと。だいたい、ああいう総当り的なプリンターは美しくないね。やっぱり人間は自然が一番。ゲノムコードを書くに限るよ。ゲノムプログラミングは自然だし、楽しいし、生産コストも安く済むしね」
「で、その肉が開発中の製品か」
「そうなんだ。このポーク、僕の書いたコードもかなり入っているんだよ。味がすばらしいよ」

ではひとつ頼んでみようと、ダンは注文を入れた。

「カレーうどんひとつもってこい。ポークをいれてな。何、「うちのカレーはビーフです」って? かまやしないんだよそんなの。俺がポークと言えばポークだ。お客様をなんだと思っているんだ。何、追加の契約が必要。分かった分かった。同意するさ」

注文を終えたダンはサイムに向かい、「まったく、この店の人工知能はなってないね。柔軟に対応ってのができてない。誰が書いたんだよ。多分今頃は時代についてけなくてハケンをやってるジジババだろ、どうせ」
サイム、「まあ、遺伝子プログラミングはなかなか難しくてね。危険も多いし。追加の契約もやむなしさ。あ、もちろん僕の書いたコードはちゃんとテストされてるから、バグはほとんど潰してあると思うよ。もちろん、ソフトウェアである以上、絶対ってことはないんだけどさ」

M社のポーク入りのカレーうどんは即座にやってきた。ダンがさっそく食べようとすると、サイムがポークの欠片を切り取って、ポケットからゲノムリーダーを取り出してちょんとつついた。

たちまち、ダンのメガネに逆コンパイルされたゲノムコードが表示される。はて、メガネのアクセス許可はまだだしてなかったはずだが。

「なぜ俺のメガネにアクセスできるんだ」
「ああ、この店内に入るときに同意した契約のおかげだよ。M社の社員の研究目的に限定したメガネアクセスの許可に同意してるんだ」
「そうか、なるほど」

ダンはプログラマーではないので、ゲノムコードは読めなかった。そんなことはおかまいなしに、サイムが解説をはじめる

「このゲノムコードの何がすごいかってね、うちで開発した強固なGRM(Genetic Right Management、遺伝子権利管理の略称)が使われているんだ。ゲノム読み込みには秘密鍵を組み込んだ菌を使わないと、このコードでPCRを妨害するようになっているんだ。だから、このゲノムリーダーじゃないと読み込めないってわけ。他社から勝手に解析されてパチモンだされたら困るからね。本当に、法律を守らないヤツだらけで困るよ。こうやってGRMで自衛しないといけない。GRM開発コストだってバカにならないんだから、カネを払って欲しいくらいだよ。まあ、実際には製品に価格転嫁するわけだけどさ。あ、ここで見せてるコードは特別だよ。店内に入る時の契約でNDA結んだでしょ」

ダンはポークを食べてみた。実に不思議な味だ。ポークのような味だが、ポークではない。それでいて、ひとくち食べると、もっと食べたくなる味だ。

「すごい、これは・・・うまいのかどうかはよくわからないが、とにかく食べたくなる味じゃないか」
「そうなんだよ。まあ、僕の優れたコードのおかげだね。いやー、それ書くの苦労したんだよホント。それに一度食べると、また食べたくなるように機能するコードも、おっと、これはいっちゃまずいことだったな」
「これなら狙えるんじゃないか。夢の市場独占が」とダンは言ってみる。
「そうなんだ。我社の目的はまさにポーク市場の独占なんだ。だから我社はポークに選択的集中投資をしていて、東洋国中の優秀な遺伝子プログラマーを他社から引き抜いているんだ。実際、ハッカーをうならせるだけのいい労働環境を提供していてね。こんな企業で働けるなんて僕は幸せだよ」

ダンが食べ続けている間、サイムは延々と語った。

「僕の、いやうちの会社のすばらしい味のポークと、強固なGRMがあれば、市場を独占して他社の追随を許さず維持できるんだ。そうすれば、太刀打ちできない他社は次第にポーク市場から脱落していく。そうすれば独占は完璧になるんだ。もう50年もすれば、この東洋国の人間は皆、M社のポークを食べることになるんだよ。その頃には、今のポークの味を思い出すことができる人間なんていなくなる。」

「ただし・・・」とダンは言いかけてやめた。『ただし、ハケンは除く』、そう言いかけたのだ。ダンの唇の動きから察したのか、サイムは続きを目ざとくさとった。

「ハケンは人間じゃない」とサイムは何気なしに言った。「今、みんなフェムトテックに夢中だから、もう50年もすれば遺伝子プログラミングは過去の失われた技術になる。遺伝子プログラミングできる人材がいなくなるんだ。それまでにうちがポークやその他の遺伝子プログラムされた製品を完成させれば、その後は一切の保守作業なく販売できる。遺伝子コードの中身を知る必要がなくなるんだ。再現不可能な技術で一生利益が出せるんだよ」

そうなるかもしれない。50年後には、遺伝子プログラミングが廃れているかもしれない。その頃にはサイムのような人間は、会社から消されているだろう。あまりに知りすぎている。あまりにも賢すぎる。あまりにも自主性がありすぎる。会社はそのような賢い人材を良しとしない。いつか、彼は消されるのだ。

食べ終わったダンは席を立って出口に向かった。店を出るには、放射線スキャナーの前に立って、店外へのタベモノの持ち出しがないことを証明しなければならない。タベモノはすべてベンダーによるアイソトープマーキングがされており、これによりベンダー固有のタベモノをどれだけ摂取したかを計測可能になる。また、ポケットの中などにタベモノを隠し持っていないかどうかも検査可能だ。この仕組みは、月々のタベモノ補償費の算出にも使われている。

「スキャニング完了、対象はタベモノの不法所持なしと証明されました。退出を許可します」

無愛想なスキャナーの合成音声がスキャン完了を告げる。この機械だけは、法規制で事前に検定済みの固定マシンなので、接客のために人工知能を実装することができない。まったく、けしからん法律だ。店を出るたびに不快になる。

店を出たダンは時刻を確認した。すっかり雇用契約の一時免除時間終了まであと僅かだ。遅刻は犯罪だ。早く戻らなければならない。ダンは足早にタベモノ店地区を後にした。

この話は、リチャード・ストールマンのThe Right to Readと、ジョージ・オーウェルの1984から着想を得て書かれた。もし、未来において食事に対して、今のソフトウェアの著作権保護のような法律ができていたら、どうなるかということを書いてみた。また、オーウェルの世界では共産主義的(もっとも、オーウェルのディストピア世界は共産主義に限定されたものではないのだが)な世界観になっていたが、思うに共産主義が再び流行ることはないだろうから、国家よりも企業が権力を握った企業主義というものを構想して使ってみた。

6 comments:

屑鐵 said...

ニンジャスレイヤーは参考にしてないんですか?w

Anonymous said...

筆者さんは文章がかけて羨ましいです。
面白かったです。

江添亮 said...

ニンジャスレイヤーはTwitter上でたまに目にするのですが、どうも文章が支離滅裂なためまともに読んでませんね。
それがいいのかもしれませんが。

Anonymous said...

著作権だけじゃなく色々考えさせられたし単なる読み物としても面白かった

Anonymous said...

現在の延長線上のサイバーパンクって感じでいいなあ
短編にいろいろ詰め込んでるのも好みだ
また書いてほしい

Anonymous said...

世界感がおもしろかったです
英訳版ものせたらもっと広くの人に読まれないでしょうか