2011-04-30

本は死んだ

The “book” is dead [dive into mark]
JavaScript: The Definitive Guide Sixth Edition pdf download ebook - davidflanagan.com

オライリー JavaScript本(通称サイ本)の作者、David Flanaganのブログに関して、Google社員のMark Pilgrimが反論している。

オライリー JavaScript 第5版の作者である、David Flanaganが書いている

この15年というもの、私は成功した作家の一人であった。自分と家族の食い扶持を、本の印税収入だけで得ることができたのだ。しかし、出版業界は斜陽であり、私の印税収入も、ドットコムバブルの崩壊よりこのかた、下がる一方である。私は、サラリーマンとしての就職口を見つける必要があると結論した。

15年というのは長い。自分の好きなことをそんなに長くやれて、しかも収入があるというのは、実に恵まれている存在と言える。

しかしここに来て、泣きが入って、海賊行為とGoogleについて述べている。(注意:私はGoogleで働いているが、検索部門ではない。私はGoogleのために発言しているのではなく、Googleは私のために発言しているわけでもない。お互いそうやってうまくいっている)

Davidは続ける。

「Googleは海賊行為を助けているのか?」なんてTweetはしたくはない。しかし、思うに正当な疑問ではないだろうか。Googleがebookeeのようなサイトをインデックス化して、ダウンロードサイトへの直リンを貼り、もって目当ての海賊版コンテンツの発見を容易にし、さらにはどのような検索をすべきなのかのサジェストまでしているのであれば、Googleが海賊行為を推奨しているという論調が成り立つのではないだろうか。

結論を、海賊行為を助けているから、推奨しているという方向へ導くのが、あまりにも早計に過ぎるのではなかろうか。多くの技術が、海賊行為を助けている。第一、1か0かの世界なのだから。アナログの世界ですら、図書館は書籍と同じ建物内にコピー機を設置することで、海賊行為を助けていると言える。しかし、図書館は海賊行為を推奨しているのだろうか。否、コピー機の横には大きな張り紙がしてある。著作権法について説明し、参考のために数ページをコピーする以上のことは、高くつくと警告している。技術はデジタルコピーを推奨しているのだろうか。否、単に1か0かのことである。

さらに、Davidの言に半して、ebookeeはDavidの最新の本を持っているわけではない。このサイトは、単にユーザーをして、Usenetやファイル共有サイトのプレミアムなサービスなどに課金させることを目的としている。全世界のあらゆる本の部分的なページを持っているだけである。本当にダウンロードリンクがあるのは、その中のごく一部で、多くは壊れている。大抵、サイトはたらい回しになっているだけなのだ(訳注:目的のブツがあると匂わせて、似たような広告付きサイト間をたらい回しにすること)。このサイトはクソの役にも立たないから、検索から弾くべきであるという主張は成り立つけれども、このサイトが検索結果に存在することを持って、Googleが海賊行為を推奨しているというDavidの意見はあたらない。

さて、Javascript 第6版が出た。まだ私の手元にすら現物がないのに、すでに違法なコピーが出回っている。

それは違う。上記参照。(訳注:実際に検索してみるとわかるが、本物の第6版が出回っているのではなく、フェイクである。単に皆が検索しそうなファイル名を片っ端から機械的に生成しているフェイクサイトが多い)

さて、Googleは違法なダウンロードを、本を検索する全員にサジェストしている(スクリーンショットを参照)

スクリーンショットは、実際のところ、Googleのフィルタープログラムによる海賊用語、たとえば"bittorrent"とか"rapidshare"とか"megaupload"などをフィルターした結果を表示している。もしフィルターしていなければ、サジェストボックスは、海賊用語であふれかえるのである。しかし、重要なことは、海賊用語で溢れかえる理由というのは、皆それを検索するからである。Googleのサジェストは、実際の検索から作られている。それは世界を写す鏡だ。写実的ではあるが、強制されていない結果である。たとえ世界を写した鏡が気に入らなかったとしても、鏡を罵倒しても仕方がない。

Davidは続ける。

Googleは海賊行為をサジェストしないようにフィルターすべきである。

Googleはもうとっくにやってる。上記参照。

Googleはフィルタリングによらない、海賊版コンテンツへのリンクをフラグ付けするべきである。Googleは、「このサイトはあなたのコンピューターに有害な影響を与える可能性があります」というフラグ付けはやっている。なぜ海賊サイトをフラグ付けしないんだ。「このサイトからコンテンツをダウンロードすることは、コピーライトホルダーからの法的措置が取られる可能性があります」とか、「このサイトからのダウンロードは違法である可能性があります」とか、あるいは単純に、「このサイトはあなたの悪業を積み重ねます。」

違いというのは、「このサイトはあなたのコンピューターに有害な影響を与える可能性があります」の判定方法だ。一体、どう実装されているのか、ここで公開されている。疑わしいサイトは、パッチ未適用のブラウザーを走らせた仮想マシン上で確認される。これがインターネットのスケールで動くこと自体が素晴らしいのだ。

ところが、「著作権保護された物」の合法という概念は、インターネットのスケールでは判定が難しい。もちろん、不可能というわけではない。YouTubeは音声と動画に対して、コンテンツIDプログラムを持っている。しかしこれは、YouTubeに直接コンテンツがアップロードされるということを前提にしている。このプログラムをRapidShareに適用させようとすると、Googleは識別のため、RapidShareからのリンクのすべてをダウンロードしなければならない。皮肉なことに、RapidShareは、サードパーティ製のダウンローダーが、広告を回避したり「プレミアム」メンバーシップに加入したりせずして、コンテンツを「盗む」ことを技術的に難しくしている。

これらの技術的な点が解消されたとしても、ebookeeのようなサイトをフラグ付けするのは無意味である。というのも、これらのサイトは、単に違法なコンテンツへのリンクをホストしているだけで、コンテンツそのものはホストしていないのだ。(Googleがフラグ付けし始めたとしても、もうひとつ迂回リンクを経由したり、ダウンロードURLを隠したり、その他のアホ臭い偽装化を行うだけである。海賊行為に、こういった方法で打ち勝つことはできない)

海賊行為に打ち勝つといえば、この匿名コメントだ。

iTunesが成功した理由というのは、ファイル共有と競争したからだ。なんで、iTunesで安く今すぐに落とせるのに、高品質なものがあるかどうかも分からないmp3を探さなきゃならないんだ?

また、Peterは、似たようなコメントをしている。

オライリーサファリをここ数年、購読している。開発者全員におすすめ。一年につき500ドルほど払うのは痛いし、無料の海賊版PDFのような利便さ(オフラインアクセス、コピー不可PDF)がないのもつらいが。

海賊行為が問題なのか? そもそも問題なのか? Davidは自分の本が広く海賊行為にあっているという証拠を一切示していない。実際、海賊サイトにはまだ上がっていないのだ(訳注:新しく出た第6版のことだと思われる)。そもそも根本的な、おそらく不快になるであろう質問というのはこうだ。なんで今どき、わざわざ本など盗まなきゃならないんだ? Stack Overflowとか掲示板とか行けばいいし、Googleに質問を入力して、答えをもらえばいいじゃないか。

Curtと名乗る人物のコメントでこの話を終わらせるとしよう

技術書というのは、実際、非常に読みづらい。しかし、かつては、これが唯一の選択肢だったのだ。今では、私に取って本のような媒体は副次的な選択肢であり、他の選択肢より不便であるし、金もかかる。現代における一番の選択肢は、深くリンクされ、専門特化されたデータなのだ。思うに、海賊行為によって金を失っているわけではない。金を失っている理由は、本という媒体が、そもそも技術データの媒体として、もはやふさわしくないからだ。

Davidもこの意見にはどうしているらしい。Davidの返信もある。

私の本は、本として書かれていて、オンライン上ではあまり役に立たないだろう(金銭的に成功するかどうかは別として)。それが、私の収入の問題になっているのだろう。私は、過去の媒体に対するコンテンツを作成しているのだろう。

「本」は死んだ。「コンテンツ」に栄えあれ。Davidのような世界級の作家でさえ、それで食べていくことができなくなったのだから、神よ我らを助けよ。

これは、実に興味深いことだと思う。今回の人物は、JASRACやMPAAのように、あまりに常識はずれの発言(MP3プレイヤー、一台につき一枚のCDを買え等)をするような団体ではない。

あのDavid Flanaganである。あのオライリーのJavascript本、通称サイ本を書いた、偉大なるDavid Flanaganである。およそJavascriptプログラマーで、彼の名前と本を知らなければモグリの謗りを免れない、あの有名なDavid Flanaganである。あの偉大なる者の意見なのだ。最近、あの有名なサイ本の第6版が出たらしい。それに寄せて、ブログを投稿したのが、この記事で、上記の文は、それに対する反論である。

私も、彼の本を持っている。もちろん、合法的に購入した紙の本、オライリーのサイの表紙絵のJavascript 第5版である。この本がなければ、私はJavascriptを使いこなすことなど到底できなかっただろう。彼の本は完璧である。言語仕様からライブラリー、クロージャーなどの各種テクニック、またDOMをも網羅的に解説している。もちろん、単なる羅列ではなく、ちゃんと作者自身理解して、作者の言葉で解説している。この本を一冊読めば、すぐに二流のJavascriptプログラマーになれるのである。もし、Javascriptの技術書を一冊しか買わないと決めているのであれば、この本をおいて他に選択肢はない。それぐらいすごい本である。

しかし、私はもはや、この本を読まない。なぜかというと、Web上に合法で無料の、Javascriptの言語仕様やライブラリーを網羅したサイトがいくつでもあるし、高度なテクニックの解説も、読み切れないほど存在する。

そもそも、今の私は、C++、Javascript、HTML、CSS、DOMに関して何か疑問が生じた場合、一次ソースたる規格を参照している。これはもっとも手っ取り早い方法である。これらの規格書はできるだけ解釈間違いが生じないように注意深く書かれており、多くの人の手によって検証されている、最も信頼すべき一次ソースである。規格書の英語は、シェイクスピアやKJV聖書より簡単だ。

だから、私は第6版を、買うつもりはない。これも、時代のせいだろう。時代に抗うことはできない。

さて、こんなことを言いながら、私は今、C++0xの技術書を執筆している。ただし、日本はまた、少し状況が違うように思う。とはいっても、未来が明るいわけではない。少し遅れているだけなのだ。

日本人プログラマーの多くは、英語を解さない。ネット上に日本語の文献は、英語に比較して極端に少ないし、情報も劣っている。大抵は英語圏に比べて、数年以上も遅れている。このため、まだ日本には、多少の販売余地がある。しかし、それも、英語圏に比べて少し遅れているというだけで、必然的に、英語圏に追いつくだろう。実際、私の小中高校時代の友人などは、今会ってみると、誰もかれも、大抵英語ができる。私は進学校にいたわけではない。田舎のかなりレベルの低い学校に通っていた。それでも、やはり皆、何かしらの理由によって、英語を必要としている。私の世代では、全員は無理だろうが、次の世代では、日本人とて全員、英語ができて当たり前になっているだろう。そうなったとき、もはや日本語の技術書の市場はなくなってしまう。(まあ、実際は、そこまで日本の未来は明るくないのだろうが)

さて、本当に、技術書の既存の市場の未来はない。おそらく、ここ数十年持つかどうかだろう。もっとも、プログラミングの技術書など、始まってからまだ数十年なので、別に天地がひっくり返るようなものでもない。もともと歴史が数十年なのだから、後、数十年、いやもっと短い期間しかもたなかったとしても、別に驚きではない。

事実、最近の参考書の売上は、あまりかんばしくないと聞く。日本では、技術書の海賊版というのは、あまり行われていない。たとえば、David FlanaganのJavascript 第5版の英語の原書であれば、ググればそれらしきPDFがそのままトップに引っかかる。ところが、日本語版のPDFというのは、実際に探してみたが、全く見つからない。したがって、日本における現行の紙の技術書の、海賊行為の影響はまずないといっていいだろう。そもそも、日本の出版社の多くは、電子媒体を提供していないのだ。だから、海賊版がだせるとすれば、いわゆる自炊と呼ばれる裁断、スキャン、連番画像になるのだ。漫画ならともかく、文章を主体とする技術書に、そんな不自由なフォーマットで満足できるわけがない。と思いたいが、実際に、もちろん合法的に自分で購入もしくは入手した書籍を使って、自炊しているプログラマーが何人かいるらしい。にわかに信じられないことである。

さて、その未来において、いったい技術書の執筆で、どのようにして利益を得られるのか。やはり、対抗するしかないだろう。間違ったやり方は、アホ臭いDRMをかけたり、特定のプラットフォーム、特定のデバイスに限定して、囲い込むことである。そんなやり方は、うまくいくわけがない。正しいやり方は、海賊版と同じ利便性を提供するのである。

そういうわけで、今執筆中のC++0xの参考書も、前々から計画はあるわけだ。まだ時期尚早だが、読者は、現時点で最もオープンでDRMフリーなフォーマットの電子書籍を購入できると期待してよい。もちろん、多くのプラットフォームで実装されており、文章は全文検索でき、リキッドレイアウトであり、ユーザー指定のスタイルに変更可能であり、スクリプトを走らせることができ、また、万が一、このフォーマットに対応していないプラットフォームのためのフォーマットの変換も容易である。そんなフォーマットによる電子書籍を期待してよい。

フォーマットが具体的に何なのか。聡明な読者はもう察しがつくことであろう。

これを実現するためには、色々と障害物が多く、また、痛みを伴うかも知れないが、誰かが先陣を切ってやらなければならないのだ。あの精神錯乱を起こしたニーチェのように。

追記:David Flanaganのブログを読めば分かるように、Davidは、ある作者は、合法的に無料でダウンロードできる本で儲けたことを知っているし、またあるフィクション作家は、99セントの本を自費出版して儲けたこともしっている。しかし、それは、一部の幸運な作者が、3.99ドルで売った時より儲かったというだけの話である。そんな一部の幸運な作者が、99セントで自費出版するような世界が、技術書の未来であるわけがない。第6版を書くのには、フルタイムで働いて一年以上かかったのだから、と言っている。

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