この記事では、クッキー・クリッカーのリセットについて解説する。過去作は以下を参照。
本の虫: クッキー・クリッカーについて
本の虫: ババア補完計画
本の虫: クッキー・クリッカー物語
クッキー・クリッカーのメニューから、ソフトリセットを行うと、手持ちのクッキーや設備やアップグレードをすべて失う代わりに、青天上のチップが手に入る。
青天上のチップ(Heavenly Chip)
青天上のチップは、この宇宙をリセットする勇気を出した者に送られる周回アイテムである。青天上のチップひとつが、CpSを2%底上げする。得られる青天上のチップの数は、すべての周回を含めた、これまでに生産したクッキー総量に応じて決定される。チップの数はリセットのたびに加算されるわけではなく、再計算される。その計算式は、以下のようなJavaScriptの式を評価した結果の値になる。
// cookiesは、周回も含めて今までに得たクッキーの総数 Math.max(0,Math.floor((-1+Math.pow(1+8*cookies/1000000000000,0.5))/2));
クッキーの総数は、今までの周回分も含めた全体の総数であり、また、クッキー枚数が多くなるに連れて、次に得られるまでのチップにかかるクッキー枚数が増えていくので、チップは次第に得難くなっていく。
インフレの抑制技術
ゲームはプレイヤーを楽しませるため、状況が改善していることを実感させなければならない。そのための方法が「価値の蓄積」だ。ただし、価値の蓄積が予測可能で単純になると、プレイヤーは飽きてしまう。これを「価値のインフレ」と呼ぶ。たとえばレベルという価値がある。レベルを上げれば強くなる。強くなれば状況は改善する。しかし、そのままでは、同じ事の繰り返しでゲームがつまらなくなってしまう。これをインフレと呼ぶ。インフレによりゲームが飽きられることを防ぐため、さらに強い敵を出す。これを何度も繰り返す。これが価値の蓄積だ。この一連の流れの途中で、飽きてしまわないよう、手作業による調整も必要になる。もちろん、永遠には続かない。いずれ、プレイヤーは飽きてしまう。そのため、多くのゲームには、エンディングを設けている。エンディングは、ゲームを辞めて、別のゲームをプレイする口実となる。それ以上ゲームをしても、あまり意味はない。せいぜい、お手軽な、よりレベル上げを必要とする、ラスボスよりも強い敵が用意されてあるぐらいだ。
ドラクエやFFといったゲームは、そのように作られている。
このようなゲームは、プレイヤーを満足させ、満足させたまま速やかに飽きさせ、満足によりブランドを構築し、いずれ発売される続編のゲームでも遊んでもらえるようになるという点で、実に都合がいい。
明確なエンディングを設けず、どんどん強くさせる方法もある。例えば、攻撃力の値の算出に、レベルの値を使うのだ。攻撃力の値はレベル対して線形に、あるいは指数関数的に増えていく。これは汎用的に計算を行うこともできるし、あらかじめ設計した値を使うこともできる。とにかく、この仕組みを使えば、レベルを際限なく上げることもできる。もちろん、資源は有限であるから、上限はある。しかし、うまく設計すれば、人間が一生かかっても到達できないほどの上限にすることもできる。
DiabloやBorderlandsといったゲームは、そのように作られている。
他にも、インフレを食い止める技術もある。たとえば、アイテムの錬金とか合成などと呼ばれている仕組みだ。複数のアイテムを使い、より価値のあるアイテムを作り出す。これにより、インフレのもととなる積み上がったゲーム内の価値を消すことができる。錬金や合成に現実の時間がかかったり、また、確率によって失敗し、しかも元のアイテムを失うような仕組みも、インフレ抑制のための技術だ。プレイヤーは、より高い価値を創りだそうとするが、それには時間がかかったり、確率によって価値が下がったりするので。インフレを引き伸ばすことができる。
錬金をうまく実装しているのはDiablo 2だ。多くの近眼なゲーム設計者は、錬金の本質的な意味、すなわちインフレ抑制の役割を理解せずに、表面だけパクって失敗している。
しかし、それでもいずれインフレは発生する。プレイヤーは飽きる。同じゲームで長く遊び続けることができない。では、長く遊び続けられるゲームは、一体どのように設計したらいいのか。
インフレ抑制の最終手段としてのリセット
リセットは、ゲームで避けられないインフレ問題を解決する最後の手段である。すべてを失って、再び最初からやり直す。多くの価値が積み重なるゲームでは、単に今までのセーブを放棄して、最初からやればいい。ただし、失われないものもある。知識である。いかにして効率良くクッキーを稼ぐか。序盤、中盤、終盤は、何を優先して買えばいいのか、ミルクとは何か。ゴールデンクッキーとは何か。最初は手探りで学んだこれらの知識を、周回プレイでは持ち込むことができる。効率のいいプレイができる。すでに知っているゲームを何度もやりたくなるのは、効率の最適化は、楽しいからだ。
ドラクエとかFFといった有名なブランドが飽きもせずに、新しいゲーム用制限コンピューターが発売されるたびに移植されるのは、そのためだ。すでにオリジナルのゲームをやり込んでおり、ゲーム内容を隅から隅まで知っているような人間が、効率最適化の楽しみにとりつかれたために、このようなブランドの移植を買い支える。もちろん、移植とて開発は簡単ではない。しかし、本質的には同じゲームであり、以前の知識が通用するゲームは、一定数存在する、以前のゲームをやりこんだ、効率最適化の中毒者に必ず売れる。そのため、確実な利益を求めて、移植は繰り返される。
長く遊べるゲームで、なんとかこのリセットの概念を取り入れられないだろうか。方法はある。
チェスや将棋や囲碁といったボードゲームは、その根本的な設計から、リセットによる効率最適化を楽しめるゲームである。ゲームのたびにリセットされる。ビデオゲームの中には、このようなボードゲームを参考にしつつ、さらに、RPGのような要素も追加したような、複合的なゲームもある。
ローグライクと呼ばれている一連のゲームは、チュンソフトのトルネコの大冒険(初代のみ)で更に改良され、リセットによる効率最適化の楽しみに強く依存したゲームとなっている。なるほど、トルネコの大冒険では、悪い手を差せば死んでしまう。それまでに気づきあげてきた価値がなくなってしまう。しかし、価値はプレイヤーの経験と知識に蓄積されている。これはインフレ率を緩やかにするとともに、もっと最適化してやろうという意欲がわく。もっとも、チュンソフトの一連の不思議のダンジョンシリーズや他ブランドの外伝をみて、一番うまくやっていたのは、初代のトルネコの大冒険だけだ。後の作品は、蛇の足を大量に描いてしまっている。
ゲームの中には、価値をほとんど維持したままのリセットを可能にした設計をやりとげたものもある。
例えば、クロノ・トリガーは、有名な「つよくてニューゲーム」を提供している。これは、ゲームクリア後、一部の重要アイテムを除くアイテムやステータスを持ち越して、あらたに初めからプレイできるという要素だ。序盤に苦労した敵が雑魚になるが、それ以外にも面白さを提供しているゲームならではと言える。
GearsboxのBorderlandsというゲームは、アイテムやステータスを維持したままの二週目を提供している。二週目は、最初から敵がレベルにスケールして強くなるのだ。
これが、ゲームの面白さを演出する方法として、「価値の蓄積」を使い、必然的に発生する「価値のインフレ」に対抗しようとした様々な工夫の前例だ。では、このような価値の蓄積とインフレ抑制作を、ありったけ取り入れたゲームは、設計可能だろうか。可能である。その実装がクッキー・クリッカーだ。
クッキー・クリッカーは、とても分かりやすい、「価値の蓄積」を実現している。1回クリックするごとにクッキーを1枚得る。何と分かりやすい価値の蓄積だろう。他のクソゲーが、何分間もかかる複雑な操作による敵との戦闘とか、画面上の怪しそうな箇所を虱潰しに調べる、などといった冗長すぎて時間のかかる方法で、のんびりと価値を蓄積させているのに、クッキークリッカーはものすごく分かりやすい。1クリック1クッキー。これ以上に分かりやすい価値の蓄積が考案されるのは、だいぶ後の話になるだろう。
なるほど、分かりやすい。しかし、クリックという操作はとても単調で飽きやすい。他のゲームは、確かに長時間かかる複雑な操作を要求するが、その操作が楽しいので、それほど苦にはならないのだ。単調にクリックし続けるのはいかにも苦行だ。
クッキー・クリッカーは、そのために、クリックを自動化した。クリックして得られた価値であるところのクッキーを消費することで、自動的にクッキーを入手してくれる設備を購入できる。クッキーは、時間経過とともに得ることができる。設備を購入してクッキーを稼ぎ、稼いだクッキーで上位の自動装置を買う。この仕組みで、飽きさせずに価値の蓄積を起こせる。プレイヤーが飽きなければインフレではないのだ。
しかし、クッキー・クリッカーも、いずれはインフレを起こしてしまう。設備を一通り揃え、アップグレードが完売した後は、先が予測できる単調なゲームになってしまう。まあ、ネタのようなゲームだから、一日楽しめればそれでいいのかもしれない。しかし、クッキ・クリッカーは違う。クッキー・クリッカーは、インフレ対策の最終手段、リセットをゲーム設計で取り入れているのだ。
クッキー・クリッカーのメニューからソフトリセットをすると、手持ちのクッキーや設備やアップグレードをすべて失う。しかし、得るものがある。青天上のチップだ。周回も含めてこれまでに得たクッキーの総数から計算される青天上のチップひとつあたり2%が、CpSの係数に加算される。これにより、最初からクッキーを得る速度が速くなる。それによって得たクッキーにより、クッキーの総生産数を伸ばし、さらに青天上のチップを得ることができる。
もちろん、これでも結局は、飽きが来る。それを解決する方法は次回。
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