2008-09-21

芥川龍之介の俊寛

芥川龍之介による俊寛はとても面白いのだが、今まで源平盛衰記を読んでいなかったので、これはほとんど、芥川龍之介による創作であると思っていた。しかし、源平盛衰記を読むと、どうもそうとは思われない。

源平盛衰記でも、俊寛は嘆き悲しみ、有王を善知識として往生の素懐を遂げるのは、やはり変わらないのだが、平判官康頼に、岩殿に参拝しようと誘われたときの断り方として、いかにも小乗仏教らしい答え方をしている。それならば、何で嘆き悲しむことがあろうか。所詮この世は仮の宿であるという思想を持っているのならば、現世がどうあれ気にしないはずだ。

ところで、やはり康頼はカルト宗教にハマりやすい軟弱者である。しかも、康頼の息子も、父親の帰還のためにお参り三昧ときているから、親子そろって情けない。千本の卒塔婆を流すときに、風向きを気にしていたというのは、てっきり芥川龍之介の創作かとおもっていたら、源平盛衰記にしっかりと書いてあった。

千本の卒都婆を造り、頭には阿字の梵字を書、面には二首の歌を書き、下に康頼法師と書て、文字をば彫つゝ誓ける事は、歸命頂禮熊野三所権現、若一王子、分ては、日吉山王王子眷属、惣而上は梵天帝釈、下竪牢地神、殊には内海外海龍神八部憐を垂給、我書流す言葉、必風の便波に傳に、日本の地につけ給、故郷におはする我母に見せしめ給へと祈つゝ、西の風の吹時は、八重の波にぞ浮べける。

阿呆としかいいようがない。

やはり神仏を商人としか見ていないのだ。芥川龍之介の俊寛にもあるように、「ところがこれが難物なのじゃ。康頼は何でも願さえかければ、天神地神諸仏菩薩、ことごとくあの男の云うなり次第に、利益を垂れると思うている。つまり康頼の考えでは、神仏も商人と同じなのじゃ」という言葉もさることかな。

康頼は俊寛にも参詣を進めるのだが、俊寛は小乗仏教の思想を持っているので、ただ仏を信じて後世を願えと言い返される。そこで、大乗的な考え方を全面に押し出して力説するのだ。

末世の我等が為には、後の世を欣はん事も必神明に奉祈べしと見えたり。釈尊入滅の後二千餘年、天竺を去事数万里也、僅に聖教渡るといへ共、正像既過ぬれば、行する人も難く其験も希也。是以て諸仏菩薩の慈悲の余に、我等悪世無仏の境に生て、浮期無らん事を哀て、新道と垂跡して、悪魔を随仏教を守、賞罰を顕し信心を起し給ふ、是則利生方便の懇なるより始れり、是を和尚同塵の利益と名たり。

また、岩殿に十五度の参詣を終えて、読み上げる祝詞にも、現金な思想が現れている。

其後康頼入道は小竹を切てくしとし、浦のはまゆふを御幣に挟み、蒐草と云草を四手に垂、清き砂を散供として、名句祭文を読上て、一時祝を申けり。

謹請再拝々々、維当歳次、治承二年戊戌、月の並十二月、日数三百五十四箇日、八月廿八日、神已来、吉日良辰撰、掛忝日本第一大霊験熊野三所権現、并飛滝大薩埵、交量うつの弘前、信心大施主、羽林藤原成経、沙弥性照、致清浄之誠、抽懇念之志、謹以敬白、夫証誠大菩薩者、済度苦海之教主、三身圓満之覚王也、両所権現者、又或南方補堕落能化之主、入重玄門之大士、或東方 浄瑠璃医王之尊、衆病悉除之如来也、若一王子者、娑婆世界之本主、施無畏者之大士、現頂上之仏面、満衆生之所願給へり。云彼云此、同出法性真如之都、従入和尚同塵之道以来、神通自在而、誘難化之衆生、善巧方便而、成無辺之利益、依之自上一人、至下万民、朝結浄水係肩、洗煩悩之垢、夕向深山、運歩近常楽之地、峨々峯高、准是於信徳之高、分雲登、嶮々谷深、准是於弘誓之深、凌露下、爰不憑利益之地者、誰運歩於嶮難之道、不仰権現之徳者、何盡志於遼遠之境、然則証誠大権現、飛滝大薩埵、慈悲御眼並、牡鹿之御耳振立、知見無二之丹精、納受専一之懇志、現止成経性照遠流之苦、早返付旧城之故郷、当改人間有為妄執之迷、速令証新成之妙理而已、抑又十二所権現者、随類応現之願、本迹済度之誓、為導有縁之衆生救無怙之群情、捨七宝荘厳之栖、卜居於三山十二之籬、和八万四千之光、同形於六道三有之塵、故現定業能転衆病悉除之誓約有憑、当来迎引接必得往生之本願無疑、是以貴賤列礼拝之袖、男女運帰敬之歩、漫々深海、洗罪障之垢、重々高峯、仰懺悔之風、調戒律乗急之心、重柔和忍辱之衣、捧覚道之花、動神殿之床、澄信心之水、湛利生之池、神明垂納受、我等成所願乎、仰願十二所権現、伏乞三所垂跡、早並利生之翅、凌左遷海中之波、速施和光之恵、照帰洛故郷之窓、弟子不堪愁歎、神明知見証明、敬白再拝々々

この祝詞、一部分だけ引用しようとしたが、あまりにも全体に現金な思想が現れているので、全部引用することにした。「爰に利益の地を憑ずば、誰か歩みを嶮難の道に運ばん、権現の徳を仰がずば、何ぞ志を遼遠の境に盡くさん」、(ご利益がなきゃ、わざわざこんな辺鄙な場所にある社を拝みに何て来ねえよ。お前に助けて欲しいからこそ、こんな辺鄙な場所でも拝んでやってんだ)など現金にもほどがある。

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