2009-10-06

予備自補:特別な体験について

予備自補というのは、どこか、自衛隊の宣伝的な所がある。その体験を、他人に語って宣伝しろとも言われている。今回は、予備自補の訓練の中で、民間ではあまり体験できない訓練を紹介しようと思う。

戦車に乗る

戦車に乗ることができる。私の場合は、74式戦車に乗った。ただに乗るだけではなく、弾の装填も経験できたし、色々と質問をすることもできた。弾の装填は、かなり難しかった。聞説、常備は四秒で装填できるように訓練するらしい。ある人が、「弾を何発積めるのか」と質問したところ、「答えられない」ということであった。まあ、戦車の容積と、弾の容積を考えれば、ある程度の予想はつくだろう。

ヘリに乗る

ヘリに乗ることができる。名目は、航空偵察といって、空から地上を観察すると、どのように見えるかということを学ぶためである。ヘリは、民間でも、多少金を出せば乗ることができるが、そこまでして乗る人は、あまりいないだろう。

レンジャー体験

レンジャー体験といっても、飲まず食わずで何日も山野を駆け巡る様な訓練ではない。ロープを使って、垂直の斜面から降りる訓練や、水平に張られたロープの上を移動する訓練を行う。消防などでも、このような訓練はするだろう。垂直に降りる訓練は、かなりの恐怖感がある。ただし、実際は結構安全である。やり方さえ知っていれば、筋力はあまり必要ない。ただし、レンジャー隊員の様に、素早く降りるのは無理だった。水平に張られたロープの上を移動する訓練は、結構筋力が必要であった。レンジャー隊員は、やはり速かった

催涙ガス

私はまだ経験していないが、ガスマスクの訓練で、催涙ガスの体験をする。聞説、涙、鼻水、よだれが止まらなくなるらしい。

本物の銃が扱える。といっても、私は、特に銃に興味があるわけではないのだが、かなり興味深い体験であることは間違いない。日本の民間で、銃を扱うということは、まずないからだ。もちろん、すぐに撃てるわけではない。基本教練をしっかり覚えて、銃の分解結合ができ、射撃姿勢の訓練を終えてからだ。

トラック

訓練によっては、別の駐屯地に移動することがある。その時、自衛隊のあの無骨なトラックに乗ることができる。あまり乗心地は良くないが、気分がでることは確実である。

PIO病、再び

予備自補の訓練から帰ってきて、PCを起動して、ふと思った。やけに動作が遅くないだろうか。少し前から、動作が遅いとは思っていたが、五日ぶりにPCを触ってみて、特に遅いと感じる。確かに、起動直後は、多数のプロセスからのディスクアクセスが集中するので、多少遅くなるのは分かる。しかし、これは不思議に遅い。第一、見えているウインドウ自体がハングアップしている。4コアのCPUを使っているし、CPU時間を浪費しているプロセスもないのに、ディスクアクセスの必要ない操作まで、何故遅いのだろうか。

この挙動には、覚えがある。HDDの転送モードが、PIOになっている時の挙動だ。デバイスマネージャを開いてみたが、どうもVistaでは、転送モードの確認ができない。

とりあえず、デバイスマネージャからHDDを削除して、再起動してみる。動作が極端に速くなった。やはり、HDDの転送モードがPIOになっていたのだろう。再びPIOにならないように、レジストリを書き換えた。

しかし、何故MSは、未だにこのような仕様にしているのだろう。確かに、DMA転送が失敗したら、HDDが壊れているといえるかもしれない。しかし、どうもこの安全装置のような仕様、むしろ誤爆している方が多いのではないかと思う。私の使っているHDDも、特にバッドセクタも見あたらないし、ましてや異音のたぐいは一切ない。HDDのベンチマークやテストのプログラムも、全く問題なく完走する。PIOになっていても、ディスクアクセスさえしなければ、普通に使えるので、なかなか問題に気付きにくい。この問題は、私の持っているPCでは、必ず起きている事なので、これは全ユーザーに起こりうる事であろう。果たして、全ユーザーが、問題の根本的理由を理解し、対処できるであろうか。その辺は、かなり疑問である。

余談だが、この、「デバイスマネージャから、デバイスを削除する」という操作は、個人的には、ものすごく違和感を覚える。どう考えても、「このデバイスはもう二度と使わない」という意思表示をした様に思えてしまう。実際は、そうではない。削除したと言うことは、OSはそのデバイスについて、もはや何も知らないというだけに過ぎない。従って、Windowsは再起動時に、そのデバイスを未知のデバイスとして発見するのだ。そして、必要なドライバを検索する。削除というよりも、リセットだと思えばいい。結局の所、OSとしては、知らないデバイスがあれば、使えるように努力するものであり、デバイスマネージャから、あるデバイスを削除するということは、そのデバイスを「知らないデバイス」にするという事に外ならない。第一、デバイスマネージャから見えないデバイスは、ユーザーが有効にすることができない。OSの視点からみれば、理にかなっていると言えるのだが、ユーザーの視点からでは、「削除してしまったら、もう二度と使えないんじゃないか」、といった恐怖感があるので、あまりよくないユーザーインターフェースだと思う。

このデバイスマネージャからデバイスを削除するというのは、デバイスを無効にするということではなくて、再発見させるだけだという挙動について、Raymond Chenか誰かが、ブログで言及していたはずだが、いまググった限りでは見つからない。確かにどこかで読んだはずだが、どこで読んだのだろう。

2009-10-01

名文を書いた作家の紹介

用事があって、あと数時間で出発しなければならないが、準備も済ませたので、特にこれといってすることがない。気の赴くままに、文章を書くことにする。

およそ、個人の好みは違うとはいえ、多くの人が、「これは名文だ」と思う文章は存在する。一体、何が名文と駄文を分けるのかという問題は、残念ながら、私の思考の及ぶところではない。ここでは、私が名文だと思う文章のうち、マイナーな作家を挙げていこうと思う。いわゆる、本の紹介という奴だ。もちろん、ひょっとしたら、良く知られている作家も含まれているかもしれないが。

片瀬 二郎

片瀬二郎は、「スリル」でENIXエンターテインメントホラー大賞を受賞した。その後、「チキン・ラン」という本も出した。それっきり、音沙汰がない。もともと兼業作家だったから、もう作家はやめてしまったのだろうか。この人の文章は、あまり読みやすいものではない。ただし、名文だと思う。何故だかは分からない。

長井明

この人はお医者さん出身で、医者を辞めて文筆業に転向したという、不思議な人だ。文章がかなり面白い。「解体新書ネオ」、他、ルポなどを書いているらしいが、あまり多くは読んでいない。

高山樗牛

この人はマイナーではなく、Googleでもそれなりにヒットするが、小説は、あまり知られていないと思う。「滝口入道」を書いている。処女作にして、唯一の小説だ。この小説がすばらしい。平家物語をよく読んでいるのだということが分かる。文章力も構成力も申し分ない。その後小説を書かず、また短命に終わったのは、惜しい。実に惜しい。

村岡花子

この人の翻訳した、「フランダースの犬」がすばらしい。
原文:A Dog of Flanders by Ouida - Project Gutenberg

世の中にはおかしな裁判があるものだ

ZGeek - Something to read. - Greg Smith of Myrmidon Enterprises vs. ZGeek

どうも、にわかに信じられない話だが、日本も、他人事ではないのだ。2ch.netのひろゆきも、しょっちゅう訴訟沙汰になっている。しかも裁判に出ないので負けている。ようするに、これと同じ問題である。

ところが、ここから日本の法律の不思議なところで、民事の裁判の賠償金というのは、払わなくても刑事罰がない。差し押さえはできるが、どこに金を持っているかは、自分で調べなくてはならない。他人の資産の管理場所など、個人の手で調べるのは無理がある。というわけで、ひろゆきはかなりの額の賠償金を負っているにもかかわらず、普通に大手を振って歩いているわけだ。

これは別にひろゆきに限った話ではなくて、民事で裁判を起こして買ったが、相手が無視して賠償金を払わないというのは、結構ある話らしい。

日本においては、何らかの形で閲覧者の入力を受け付けて、それを何らかの形で表示するWebサイトは、みなこの問題にひっかかるのである。

C++0x: 2009-09 pre-Santa-Cruz

2009-09 pre-Santa-Cruz mailingが公開された。

ここから各ペーパーを個別にダウンロードできる。認証に通る人は、zipでひとまとめにして落とせる。何故公開されているドキュメントをまとめて落とすのに認証がいるのかは分からない。

最新のワーキングドラフトは、N2960となった。最大の変更点は、もちろん、Conceptがばっさりと削除されていることだ。そのほか、size()がO(1)になっただとか、n2928: Explicit Virtual Function Overrides(ドラフトの新しく追加された7.6.5を参照されたし)だとかも、興味深い。

あとは、あまり気付きにくい、細かい変更だ。N2924だとか、N2933は、より「自然」になるような変更だ。クラスが参照などを含んでいてコピーできなかったら、デフォルトのコピーコンストラクタは生成されないとか、attributeにvariadic templateのtemplate parameter packを使えるようにするというような内容だ。

しかし、N2930: Range-Based For Loop Wording (Without Concepts)は、あまり歓迎できない。某巨大掲示板で、「きったない服で通学することになりテンションガタ落ち中」と書かれていたのも、さることぞかし。

そのほかにも、細かな変更点は数々あるが、N2961: Editor's Reportに詳しく載っているので、それを参照してもらいたい。

今回のペーパーで、個人的に気になるのは、以下の通り。

N2947: Additional Type-Traits for C++0x
type traitsライブラリに、is_trivially_copyable, is_literal_type, is_explicitly_convertible, enum_base、というメタ関数を追加。enum_baseは邪道だと思う。所謂、enumの本来の型を明らかにするメタ関数である。それによって、enum型と整数型の間を、安全にキャストできるようになる。邪道だ。そういう場合には、enumを使うべきではないと信ずる。

N2965: Type traits and base classes
これはなかなか興味深い。すべてのベースクラスを返すbasesというメタ関数と、直接のベースクラスを返す、direct_basesというメタ関数を追加する。名前から見て分かるように、複数形である。このメタ関数は、そのベースクラスの型をすべて含む、tupleを返す。つまり、

class E {};
class D {};
class C : virtual public D, private E {};
class B : virtual public D, public E {};
class A : public B, public C {};


// ベースクラスをすべて返す。
bases<A>::type ; // 型は、tuple<D, B, E, C, E>

// 直接のベースクラスのみ返す。
direct_bases<A>::type ; // 型は、tuple<B, C>

N2971: Core issue 743: decltype(...) name qualifiers
delctypeをnested-name-specifierで使えるようにする変更。簡単に言うと、delctype(T)::typeということができるようになる。
これは、日本から送った意見だ。だからどうということはないのだが。何を隠そう、信仰と勇気で有名なあの人が発見した問題だったはずだ。

N2978: Core issue 789: Replacing Trigraphs
トライグラフを黒歴史にしてしまおうという壮大なる野望。日本人のプログラマの九割九分九厘までは、トライグラフなど消しても差し支えあるまいと思っているだろうが、一度決められたことを、無かったことにするのは、C++では難しい。

ところで、Santa-Cruz meetingは、10月の19日から24日にかけて行われる。

ユーザーヒート:マウスの挙動を視覚化するサービス

User Heat : どこが読まれているか見える!無料ヒートマップ・ツール

ユーザーヒートという、サイト上のマウスの動きを視覚化してくれるサービス。アクセス解析サービスが乱立しているのだから、こういう物があってもいいと思っていた。

視覚化できるのは、閲覧者のマウスの動きと、クリック数、読まれた場所だ。マウスの動きやクリックは、Javascriptからトラッキングできるだろうが、読まれた場所というのは、単なる推測らしい。マウスの動きやドキュメントの配置だけで、読んだ場所など推測するようだが、あてにならないとおもう。このような研究結果もあるのだから。

このブログに使っても、あまり面白い結果にはなりそうもない。CPU時間の無駄だ。

2009-09-30

岸部露伴の筆記具に関する考察

岸部露伴は、マンガ、ジョジョの奇妙な冒険の、第34巻から登場する、架空のキャラクターである。

彼の性格や語録については、すでに腐るほどまとめサイトがあるので、そちらを参照してもらうとして、ここでは、筆記具について取り上げる。

岸部露伴の使っているインク

第34巻の128ページに、インク壷がおいてある。「RILOT」というラベルが貼ってある。PILOTのもじりだろうか。PILOT | インキ製図用30mlは、有名なインクで、よく使われている。私も持っているが、瓶の形が、非常によく似ている。

同巻の181ページに、またインク壷がでてきているが、今度はラベルが違うし、瓶の形も違う。何というインクなのかは、分からない。

岸部露伴の使っている鉛筆

同巻、158ページ。普通の鉛筆だが、どうもナイフで削っているような描き方だ。

もっと話を広げようと思ったが、マンガ関係の文房具に関しては、知識がないので、ここまでしか書けない。

こういう文章を、私は書きたい

質の高いTwitterのアカウントを増やす方法 - ぼくはまちちゃん!(Hatena)

こういう文章を、私は書きたい。

ついったーやってる人なら誰だって自演用の副アカ増やしたいですよね…!
もちろん、ぼくもそうなんです!!

でもね、単純に副アカ増やすだけなら誰だってできますよ!

という書き出しで始まり、現行のTwitterの、ID変更に関する仕様を解説して、既存のインデックスされているTwitterアカウントが、SEO的にオイシイ事を論じ、然る後に、使われなくなった既存のTwitter IDの探し方を紹介している。

そして最後に、

現時点で上に書いた「IDを変更したひと」の探し方ででてくるアカウントの旧アカウントは、
あらかたぼくがすでに抑えてます!
すいませんあしからず!!

と〆る。

単に文体模写したいというわけではない。このような面白い文章を書きたいのだ。

documentに対するloadイベント

昨日、DOM要素が全部構築され終わった後に、Javascriptのコードを実行させたくて、window.addEventListener("load", ...)、と書こうとしたのだが、誤って、document.addEventListener("load", ...)、と書いてしまった。Chrome, Safari, Firefoxでは、動かなかった。

ところが、Operaでは動いた。

どちらの挙動が正しいのか、よく分からない。

DOM level 3 Eventでは、documentに対して使えるように読めるが、「リソースを読み込んだ場合」とだけあり、よくわからない。windowに関しては、当然ながら、規定されていない。

HTML5では、documentに対しても、windowに対しても、使えるように読める。ただし、いつ発動するのかという規定がない。なぜ、HTML5は、このような重要だが地味な各イベントがいつ発動するのかということを規定していないのだろうか。こういう地道な所こそ、真先に埋めておくべきだと思うのだが。

Steve Ballmer barked that Chrome and Safari are Rounding Errors

Microsoft CEO Steve Ballmer: Chrome And Safari Are Rounding Errors

the Microsoft CEO, Steve Ballmer barked that Chrome and Safari's market shares are rounding errors. Somebody need to shut his face.

Dear Microsoft IE team. Please implement the damn DOM level 2 and XHTML.

二等陸海空士の試験の要領が悪すぎる。

試験に10時間以上かかった。しかも、そのうちの半分ぐらいは、何もする必要が無くぼーっと待っているだけの死に時間だった。すると本来、五時間ぐらいで終わらせられるはずの試験なのだ。試験の要領が悪すぎる。なぜ筆記試験を一番最後にするのだ。筆記試験をするだけの時間は、十分あっただろうに、なぜに午後四時半から始まるのだ。午後は問診の数十分を除き、常に暇をもてあましていたのだ。つまり、四時間浪費していたわけである。その間に筆記試験ぐらいできたはずだ。

I wonder what they are smoking. I bet it's a really nice one. Too nice to remember that they are wasting our times.

ところで、どうやら眼鏡が合わなくなってきているようだ。たしかに、最近、眼鏡をかけていても、以前ほどハッキリ見えなくなった気がしていた。三年も使っていると、視力が変化してしまうものらしい。仕方がないので、帰りに眼鏡屋によって相談した。今使っている眼鏡のフレームは、結構良い物なので、レンズだけ取り替えようと思っていた。必要なのは、片目で1.0を出せる眼鏡である。ところが、そんな強力な眼鏡は、とても疲れるので、普段使うには不向きのようだ。考えたあげく、今のフレームには、新たに調整し直した、軽めのレンズを使い、安いフレームと安いレンズで、試験用の眼鏡を作ることを考えた。

実は、私は日常生活では、ほとんど眼鏡をかけない。たまに、常に眼鏡をかけていないと何も見えないという人がいるが、私には理解できない。そのくせ、視力検査では、裸眼視力は私と同じぐらいなのだ。私は、遠くにある黒板の字を読むだとか、ディスプレイの字を読む以外では、眼鏡の必要性を感じない。私はどうも、乱視気味らしく、そのせいで、細かい部分がぼやけるらしい。乱視の度合いなどで、検査の上では同じ視力でも、見え方はかなり異なっているのだろうか。他人の目で、世界がどのように見えているか分からないので、確かめようがないのだが。

2009-09-29

日記

早朝から四日ぶりにジョギング。やはりまだ、左脚に他章の傷みが残っている。しかし、だいぶマシになった。

雑草の生い茂る上で筋トレをしていたら、鳩の羽が落ちていることに気がついた。最近、つけペンにハマッている身としては、一度羽ペンを使ってみたい。羽ペンは、鳩の羽からでも作れるのであろうか。とりあえず、羽を集めて持って帰ることにした。

とりあえず持って帰った羽は、殺菌性能を謳ったハンドソープで洗浄することにした。道ばたに落ちている羽をそのまま使うのは、衛生上の懸念がある。

さて、あいにくの曇り空だが、窓際で乾かした。それにしても、羽は小さく細い。最大の物で、10cmをこえるかどうかの長さだし、太さもせいぜい1,2mmといった所だ。羽ペン製作の参考になりそうな物のWebサイトでは、

I usually go for almost a foot long feathers and the tube is usually 3/16 to a 1/4 inch thick.

How to Cut Quill Pens from Feathers

と書いてある。すると、長さは約30cm、軸の太さは4,5mmといった所だろう。とてもじゃないが、拾ってきた鳩の羽の比ではない。それに、軸を丈夫にするために、加熱とかいったことが書かれている。そもそも考えてみれば、私はナイフを持っていない。すると、まずナイフを買ってこなければならない。しかし、ナイフだけ買うのは好事家のすることである。真当に使うとするならば、当然、研ぎ石とか油とかも合わせて買いそろえなければならない。また、抜き身のまま置いておくわけにも行かないので、箱か何かも必要だろう。やれやれ、前途多難だ。

とはいえ、これはこだわりすぎであって、手軽に行くならば、加熱は別にしなくてもよいし、ナイフに関しては、100円ショップで売っているような、ハサミとカッターがあれば事足りるだろう。

とはいえ、材料の羽は問題である。どこかに羽は売っていないものだろうか。

と、色々と妄想を膨らませてみたのだが、普通に考えれば、耐久性では、ひとつ100円以下で売っている、金属製のペン先にかなうハズがない。つけペンとしての、金属製のニブ(ペン先のこと)は安い。というより、高級な物が売っていない。基本的にこれは消耗品なので、極端に高いものが売れないのだ。

2009-09-28

matchesSelectorについて

Selectors API Level 2

昨日公開されたばかりの最新のドラフト、Selectors API Level 2に、matchesSelectorというものが入っている。規格を読んだ限りでは、以下のように使うはずだ。

以下のようなドキュメントがあったとして、

<?xml version="1.0" encoding="UTF-8" ?>
<!DOCTYPE html >
<html xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml" >

<head></head>

<body>

        <p id="hoge">
本日現地時間午後11時、日本の傑作劇画ヒーロー、ケンシロウが、ラオウと呼ばれる悪役ヒーローを、東京西新宿で倒しました。西新宿に突然出現したラオウは、これまた現れた他のキャラクターを数十人殺傷したあと、ケンシロウによって倒されました。これは原作ストーリー通りの出来事であると、目撃者は証言しております。
        </p>

</body>
</html>

以下のコードの様に使える。

var hoge = document.getElementById("hoge") ;
    
hoge.matchesSelector("#hoge") ; // true
hoge.matchesSelector("body p") ; // true

hoge.matchesSelector("#hage") ; // false
hoge.matchesSelector("div p") ; // false

ようするに、ある要素が、指定されたセレクターの条件を満たすのかどうかを判定してくれる。どうもいまいち、使い所が分からない。具体的に何の役に立つのだろう。

いちおう、早くもwebkitでサポートされる見込みらしい。

Changeset 48723 – WebKit

2009-09-27

顔料インク

万年筆のインクには、水性染料インクと、水性顔料インクがある。およそ萬年筆用として売っているインクのほとんどは、染料インクである。染料インクは、扱いが比較的楽である。数ヶ月に一度ぐらい洗浄するだけでよいし、もしペンの中で固まってしまったとしても、数日水につけておけば、大抵は、問題なく書けるようになる。

ところで、コアな万年筆オタクの中には、顔料インクを好む人種がいる。万年筆用の顔料インクが売っていない時代から、普通の顔料インクを使っていたらしい。

ところで最近(四、五年前からだと思うのだが)、セーラーから極黒というカーボンの顔料インクが発売された。これは、「超微粒子顔料インク(ナノインク)採用」という謳い文句であり、万年筆用の顔料インクということらしい。2chには、万年筆のインクスレなどというニッチなスレがあるが、この極黒は、かなり人気だ。

なぜ、顔料インクがあそこまでもてはやされるのか理由が分からなかったが、つけペンを使ってみて、その理由が分かった。単純に色が濃い。染料インクというのはかなり水っぽく、万年筆で書くと、結構、線に濃淡がでる。ところが、顔料インクには、それがない。ハッキリと濃く黒い線が書ける。人気の理由は、ここだろう。

とはいえ、やはり扱いが難しい。染料インクと顔料インクの扱いの難しさの違いは、つけペンを洗う時に分かる。染料インクなら、コップの水にペン先をつけて揺するだけで、インクはあらかた落ちる。しかし、顔料インクでは、ペン先は黒いままである。タオルやティッシュなどで拭き取らなければならない。

まあ、今使っているのは、あくまでつけペンの為の、パイロットの製図用インクなので、極黒はもう少し扱いやすいのかも知れないが。

oldnewthing:セキュリティホールを機能として欲しがる人々

The Old New Thing : When people ask for security holes as features: Privileged execution

セキュリティホールを機能として欲しがる人々:特権実行

ある顧客が、ドライバを書かずに、特権命令を実行する方法があるかどうかを、訊ねてきた。

「命令をいくつか実行するだけなんだよ。いちいちドライバなんて書くのは面倒でしょ。だって、たったの三つの命令なんだもん。ドライバなしで特権命令を実行する方法ない?」

ドライバというモジュールのクラスがある、そもそもの目的は、そういったことを防ぐためにある。ドライバだけが、特権命令を実行できる。だからこそ、特権命令なのだ。

「だよねぇ。でもたったの三つだけなんだよ。わざわざドライバ書かないといけないのかな?」

たったひとつの命令ですらシステムをブッ壊せる。そういう強力なことをするには、ドライバからでなければ、ならない。

「ひょっとしたらさ、ぼくの実行したい命令を与えると、代わりに実行してくれるドライバを、誰かが書いてるかも知れないよね。そういうの使えば、実行できるかな?」

もし、誰かが、ユーザーモードから渡される任意の命令を実行するドライバを書いているとすれば、そいつはオモテに引きずり出してフクロにする必要がある。任意のコードを実行させるのですらバグなのに、ドライバ自ら、わざとやるというのか?

ドライバを書くということを、原子力発電所の重要な場所に入ると考えて見給え。コントロールルームに入る前に、セキュリティチェックを通過して、許可をもらわなければならない。君が原子力発電所のコントロールルームに入るのにだって、セキュリティチェックが必要だ。

「でもさ、それって面倒なんだよね。ぼくはただ、制御装置の設定をいくつか変えたいだけなんだ」

キミィ、だからこそ許可が下りず、設定も変えられないというわけだ。

君がすべきことは、自分でセキュリティを通過するか、セキュリティを通過できるものに頼むしかないんだよ。

「じゃあさ、セキュリティを通過できて、ぼくの頼んだ変更を何でも引き受けてくれる人知ってる?」

やれやれ、彼がまともな良識を持っていることを願う

最後のリンク先は、ホーマー・シンプソン。夫にして、父親にして、スプリングフィールド原子力発電所の安全監査員にして、ボーリング選手にして、ビール飲酒者にして、宇宙飛行士にして、中小企業の社長にして、夢見人にして、これらすべてを、いとも簡単そうにこなす者。

ブログを書くことが就職活動? またまたご冗談を

転職活動をする暇があったらブログを書け - @IT自分戦略研究所

就職活動する必要のない人間なら、何とでも言えるというお話。

今、吾人、ブログを書いているとせよ。自分のプログラミングの勉強の課程を書いているとせよ。Hello worldを究め、FizzBuzz問題をこなし、あたかも暗闇を手探りで進むが如く、未だその業稚拙なれど、自己の技術力向上に邁進しているとせよ。ブログの閲覧数は、一日に数十、数百を超えざりき。そこに届く一通のメール、あるいはコメント。

曰く、「突然のメール、これ甚だ禮を失すると雖も、貴君に伝えたき事有之候。今、子のブログをつぶさに読むに、その志高尚にして、不退転の決意明らかなり。以て我が社に於て働くに足れり。願わくは子、一度弊社に出向き、話をもし、事後の計らいをもせられんことを。」

などと送られてきたとして、たれか能く信ぜんや。これよくあるSPAM、あるいは詐欺の一種であると看過して、てんとして省みぬであろう。

あるいは、その書きたるブログの内容、高遠高尚にして、プロセッサの設計やアセンブリ言語の事は云ふに及ばず、組み込みから大規模なスーパーコンピューター、手堅い言語から、流行の最先端を行く言語まで、幅広く論じ、吾人の読者、日に数万を下らざるとせよ。また一通のメールあるいはコメント、

曰く、「夫、つらつらおもんみるに、バベッジ階差機関を考案し、アラン・チューリング計算機を数学的に定義し、ジョンフォンノイマン現在のコンピューターの基本を考え、ホッパー女史COBOLを考案せしより、歳月僅かに五十余年を経ぬ。コンピューターの発達速やかにして、今日の情報化社会に至りき。然る間、子のブログ、古今東西の情勢を漏らさず、難解不審の技術な論じ、解脱得脱、大悟を得たるの聞こえあり。愚社今、かくかくしかじかの難儀にあひて、子の助けを乞わんと云々」

これも、SPAMか詐欺であると見なされる事必定なり。要するに、素人であろうと玄人であろうと、急に勧誘のメールが来れば、SPAMと見なすに決まっている。それを分からずに勧誘メールを送ってくる、まともなところがあるのだろうか。

ところで、私の所にも、そんな勧誘メールが、一回だけ来た。ブログを読んだので我が社で働かないかとの文面であった。日本人にあてているのにも関わらず、何故か英語であり、その会社名でググると、インドの怪しげなソフトウェア会社がひっかかる。日本に支社はない。しかし、これは公に公開しているメールアドレスではない。一体どうやってメールをしてきたのだと思ったら、どうやら、Orkutのコメント経由で送ってきたようだ。なるほど、これならメールアドレスは公開していなくても、そのアカウントであるGMailに届くというわけだ。そういえば、そんなものを、Googleのサービスだからと、昔気まぐれに設定した気がする。即座にOrkutのアカウントを消した。

向上心のある素人だろうと、実力のある玄人だろうと、ブログを書くことが就職活動になるわけがない。就職活動をする必要のない人が何を言ったって、説得力に欠ける。そんなうまい話が向こうから転がり込んでくるわけがないのである。

嗚呼、何か面白い仕事ないかなぁ。

2009-09-26

つけペンと矢立。

つけペンを使うのが楽しくなってきた。細い字から太い字まで、自在に書くことが出来る。万年筆では、こうはいかない。確かに、ある程度太くすることはできるが、そもそも万年筆では筆圧が必要ないので、ペン先が傷む以前に、わざわざ筆圧を強くしようとは思わない。つけペンは面白い。

ただし、つけペンは携帯性に難がある。ペンの他に、インク壺を持っていかなければならない。それに、立ったままメモ帳に書き殴るということは、なかなか難しい。できなくもないが、ボールペンという文明の利器がある以上、無駄な過労と言わざるを得ない。

そもそも、我が国の筆記具の歴史を省みるに、明治以前までは、みな筆を使っていた。鉛筆や西洋のペンは、もちろんそれ以前に入ってきていたのだが、本格的に使われるようになったのは、明治以降である。

筆を携帯するための道具として、矢立というものがある。これは、みな言葉だけは知っていても、実際に、どういうものかは知らないと思う。怪しげな古道具屋を回れば、実物を見ることができる。以前買おうかとも思ったが、無意味に高いのでやめた。

矢立というのは、キセルやパイプのような形をしている。筒の部分に、筆が収まっており、膨らんだ部分が、ちょうつがいのフタで開くようになっており、そこに墨が入れてある。使う際には、水をいれて墨を溶かして書く。この水を入れる道具というのが別にあるのだが、これもまた面白い。大抵は金属で作ってあるのだが、かなり手の込んだ造形がしてある。美術品としての価値もあるのだ。

とはいえ、矢立と水差しは金属製で、かなり重い。あまり持ち歩きたいとは思わない。

修学旅行

先ほど、塩小路通りを歩いていたら、修学旅行生に道を聞かれた。何でも、三十三間堂に行きたいらしい。ちょうど私もその方向へ行くので、引き連れていくことにした。

思うに、この修学旅行生は、まだ比較的、恵まれている部類に属する。というのも、最近の修学旅行生は、あらかじめ手配された観光タクシーに乗って各所を回っているのが多い。それに比べて、この修学旅行生は、自分の足で自由に歩けるのだ。幸運だと言えるだろう。

無論、私は観光タクシーの運転手の能力が劣っていると言っているのではない。観光タクシーを使えば、安全安心な観光ができるだろう。うっかり道を間違えることもないし、時間が足りなくて、行きたい所に行けなくなったなどということもなくなるだろう。しかし、そんな平凡な観光は、果たして楽しいのだろうか。

ただし、聞く所によると、このあと清水寺に向かうらしい。というのも、学校側の指定で、必ず回らなければならない場所がいくつかあるという。清水寺がそこなのだとか。やれやれ、不幸なことだ。清水寺なんかに行かなければならないとは。

清水寺は、少し前、清閑寺をみにいく帰りに、そばを通った、はずだった。しかし、何故か外国語しか聞こえてこないのだ。はて、私は異国に来てしまったのだろうか。いや、日本に地続きの国はないし、ましてや京都市内に国境があるとは、聞いたことがない。すると、当然ここは京都で、清閑寺から帰る道だから、清水寺であるはずだ。第一、そこに音羽の滝があるではないか。清水寺に違いない。しかし、依然として聞こえてくるのは、日本語ではない。

思うに、観光地化してしまうと、ろくな事がない。清閑寺は、誰もいないので、実に平和だった。しかし、何故、清水寺があんなに人出があるのに、清閑寺は無人なのか。あの小督ゆかりの場所なのに、なぜ人が来ないのだろう。

日本字ペンとインクについて

日本字ペンを使ってみたが、Gペンより硬い感じがする。ただし、Gペンで日本語を書くと、少し力を入れただけで、意図しないのにやたらと太い線になってしまうことがあるが、日本字ペンでは、それがない。ただし、Gペンより高い筆圧を要求する。

しばらく使っていると、極端に高い筆圧でなくても書けるようになった。

つけペンもつけペンで、悪くない。

ところで、私は今まで、水性染料インクと水性顔料インクが、具体的にどう違うのか、知らなかった。万年筆には、大抵染料インクを使う。セーラーの極黒など、萬年筆用の顔料インクもあるにはあるが、やはり主流なのは、染料インクである。ところが、2chのスレを眺めてみたところ、極黒の人気が極めて高い。顔料インクはそれほど違うのだろうか。

せっかくつけペンを使い始めたのだから、インクを比較してみることにした。つけペンは水で洗って拭けば、簡単にインクが落ちるので、インクを頻繁に交換するのも、煩わしくない。染料インクには、パイロットの萬年筆用のインクを使い、顔料インクには、パイロットの製図用インクを使った。

まずインクの濃さだが、これはなるほど、顔料インクは濃い。パイロットの万年筆のインクがかなり薄く感じる。例しに、プラチナの染料インクも試してみたが、こちらの方は、パイロットの染料インクより濃く感じた。

顔料インクは書き味がよいとも言われている。つけペンで試してみると、顔料インクの方が、強い筆圧が必要だった。とすると、所謂、インクフローが渋い、というやつだろうか。太字の万年筆を使うなら、インク自体は渋い方が良いのかも知れない。あまりに極太の万年筆はもっていないので、よく分からないのだが。

Google Chrome Frameをめぐるアホらしい論争

MS曰く、「IE8ではセキュリティが非常に向上した。そんな中へ、Google Chrome Frameをインストールして、全く別のブラウザを混在させるのは、リスクだ」

それをゆうたら、おたくんとこのSilverLightとかをインストールするのもリスクやないか。さっさとあんなもんの開発やめたらどうや。

だいたいやな。Google Chrome Frameちゅーアホなもんを開発してるっちゅーのもやな。最新のIE8ですら、他の主要なブラウザがサポートしてはる最新規格を、全然実装でけてへんからやないか。そやろ。IE8だけやで、あんなにひどいんは。そんなこというとる暇があったら、さっさとまともにXTHMLとかDOM level 2(それもいまだにLevel 2すらでけてへんねやで、3やないで)とか実装せいゆーんや。

2009-09-25

ようやくauがRFC違反を是正したようだ

au by KDDIがメールアドレスの設定仕様を再変更。2006年の改悪前に戻しましたの巻

遅きに失するの感があるが、ようやく是正したようだ。私の妹も、@の直前にピリオドのあるメールアドレスを使っているから、人ごとではないのだ。まったくもってけしからん。

メールアドレスに、連続したピリオド、@直前のピリオドの使用はできない。

免許更新と紙芝居

今日は朝早くから、車の免許の更新に、長岡京へ出かけた。京都在住の人はご存じだろうが、京都府の自動車免許の更新には、わざわざ長岡京まで行かなければならないのだ。不便極まりない。

早朝の京都駅では、紙芝居の実演が行われていた。無視して電車に乗り、長岡京へ向かった。

長岡京は、何にもない所である。本当に何にもない所である。長岡京駅で降りて、バスで免許試験場に向かうのだが、これがまたひどい。駅から試験場までバスで行くと、30分ぐらいかかるのだ。しかし、試験場から駅までバスで行くと、すぐに着く。これは一体どうなっているのか、いまだに解せない。どう考えても、駅から試験場へのバスのルートが、甚だしく遠回りであるとしか考えられない。ためしに、Google Mapで距離を測ってみると、なんとたったの2.8kmであった。しかも、道は単純である。これぐらいなら、歩いて行くというのもありかもしれない。今度からはそうしてみよう。

さて、京都駅に帰ると、朝の紙芝居は、まだやっていた。黄金バットを熱演している。

紙芝居ほど理解できない娯楽もないものだ。何処の馬の骨ともしれぬオッサンの、ダミ声しぼりいだして紙芝居を演ずる。その間に、今日び、100円ショップでも、も少しマシな菓子が売っているであろうと思われる程の、まずい駄菓子を買って食べる。さっぱり理解できない。今日び、いかなる婦女童幼であろうとも見向きもしないであろうと思われる娯楽である。

しかし思うのは、当時紙芝居で飯を食っていた人が、少なからず居たらしいという話である。本当に食べて行けたのだろうか。不思議だ。

2009-09-24

余とGペン

此頃、余は常に萬年筆を使つて字を書いてゐる。咲ふ可し、まづい字しか書けぬ余の、にはかに筆道楽に走るを。

さて、世間の嘲笑には耐ふべけれども、まづい字しか書けぬというは、余とてもゆるかせにできぬ。そこで最近は、独学で字の稽古を致しておる次第である。

時に初秋、暑さもやうやうやみ、読書芸術に身を打ち込み易いこの時節、余は金之助君の「余と萬年筆」を読むによつて、萬年筆以前のペンに対する興味が沸いた。そもそも、萬年筆とは、ペン軸の部分に、印気の容器を取り付けることによつて、可なり長い間、印気切れを気にかけることなく字を書ける、舶来のペンである。それ以前のペンはどうであつたかと云ふと、ペン先の中央には、印気をとどめておくための切欠きがあり、ペンの中央からペンポイントに向けて、切欠きから印気を誘導するための、極めて細い切れ目がある。ペン先は非常に薄く、また切欠きや切れ目も非常に狭いため、僅かな印気を留めておくことができるのだ。勿論、この構造では、印気を大量に留めて置くことは出來ない。それ故、頻繁に印気壺の中に、ペン先を浸す必要があつた。

ペン先の素材も、金属、骨、鳥の羽等の、様々のものがあつた。我が朝では、古来より筆なるものがある。西洋人は、ブラシと呼んでいる。

さて、話を現代に戻そう。現代では、いちいちペン先を印気に浸す必要のあるペンを、総じて、「つけペン」と呼んでいる。ペン先は一般的に、金属で作られている。余はこのつけペンを詳しく調べようとしたのだが、如何せんインターネツト上には、大して役に立つ情報がないのである。余は人に講釋を垂れるほどの知識もないのだが、この情報不足の自体を憂慮して、蛮勇を振るつて、ここに講釋まがいのものを書いておく次第である。

現代のつけペンは、ペン先とペン軸に別れている。ペン先、すなわちニブの部分であるが、これは消耗品である。日本で最も有名なつけペンは、Gペンと呼ばれるものだが、聞説、漫画家諸氏はこのGペンを、原稿数枚でつぶしてしまうという。思うに、これは太い線を描くために、強い筆圧をかけねばならぬという、漫画の特性上のことであろう。字を書くだけなら、も少し長く持つ。

そもそも何故、Gペンと呼ぶのか。これには諸説有る。ニブの側面の切り込みが、Gの形をしているからであるとか、昔者はAペンからZペンまであり、最も使いやすかつたGペンのみが残つたなど。余はいずれの説をも是としがたい。側面の切り込みは、特にGとは思はれない。AペンからZペンまであつたのであれば、当時の広告やペンが残つているはずである。

ペン先はGペンの他にもたくさんあるが、それはまた、後の機会に解説する。

さて、Gペンを使うには、まずGペンを手に入れる必要がある。どこに売つているかというと、文房具屋、画材屋、デパートの文房具売り場、また、聞説、アニメイトでも売つているという。ニブの値段は、ひとつがせいぜい百円ぐらい。グロス単位で買えば、ひとつ数十円程度と、だいぶ安くなる。グロス、すなわち百四十四という単位が使われている所からみても、いかにも西洋人の手によるペンという氣がする。ペン軸は、一本数百円から売つている。

さて、ペンの他にも、印気が必要である。これは、特に何でも良い。というのも、つけペンは非常に単純な構造をしており、またペン先は消耗品で安価であることより、特別な印気を使ふ必要はないのである。水性染料印気、水性顔料印気、油性印気、はては墨まで、何でも使える。ただし、パイロツトの製図用印気が、よく用ひられているらしい。余もそれを購入した。これは水性顔料印気である。萬年筆に使うことは出來ない。参つたことに、萬年筆用の印気壺と、この製図用印気壺は、まったく同じ形である。ラベルに、実に分かりにくい薄い字で、製図用と書いてあるだけの違いである。パイロツトの印気を使う人は、気をつけてもらいたい。萬年筆用の顔料印気は、セーラーやプラチナから、特別なものがでているので、それを使うべきである。それでもなお、事故が多いと聞く。

さて、実際に書ひてみる。まず、ニブをペン軸に差し込み、印気壺の中に浸す。余の驚いたことは、印気は意外と長く持つということである。少なくとも、数センテンスぐらいでは、印気が切れることはない。あんがい、つけペンも使いやすいものである。ただし、忘れた頃にインクがなくなるので、気をつけないと、文章の途中でインクをつけねばならず、思考の中断される恐れがある。勧進の書き味だが、だいぶカリカリとした印象を受ける。薄い金属のペン先で、その特性上、インクもそれほど大量に流れないので、仕方がないと言えば仕方がないのだが。Gペンを使つた後に、試みに万年筆で書いてみると、そのヌラヌラとしたすばらしい書き味に驚いた。やはり、所詮はつけペンか。

先にも述べた如く、ペン先には、Gペンの他に、色々な種類が存在する。それらについては、またの機会に感想を書くことにする。

運動再開

予備自補の訓練で酷く体を痛めてしまい。この二週間というもの、全く運動ができなかった。肘が曲がらず、肩が上がらず、脚は痛む。人間の体というのは不思議なもので、運動をしないと、あれほどあった食事量が急激に落ち込み、今では、三食をまともに食べることすらできないほどの小食になってしまった。

昨日、ジョギングを再開した。どうも、まだ多少の痛みが残っているようだ。無理はできない。

2009-09-23

あの茨城県民のVIPPERはマーケティングの才能があると思う

これまでの経緯

  1. GoogleがMITに出した、「この暗号が解ければ、Googleに入社できるかもよ」という広告が、未だに解かれていないと話題になる。
  2. ひとりのVIPPER(茨城県)が、暗号を解いたと主張する。
  3. VIPPER歓喜
  4. 正しい解読法が判明する
  5. 天才茨城県民は釣りでした。
  6. VIPPER大恥←今ココ

一連の過去ログを眺めていたが、あの茨城県民は、一流の釣り師だと思う。技術はともかく、多少のマーケティング能力はあるのではないだろうか。

まず、おもむろに解けたと書き込み。次に、国際電話の識別番号は米国でいいのかと書き込み。

そのあと、よくわからない専門用語で解き方をほのめかす。

さらに、「Googleなんぞ興味ないので研究を続ける日々です。」などと、さらりと流す。

まあ、本当に解けていて、なおかつGoogleに興味がなくて、さらにVIPPERなら、まっさきに電話番号を晒すはずである。たとえ暗号が、そう簡単に解読できないほど難しいものだとしても、解読したのなら、解読した結果を晒せるはずである。そういう怪しい部分があるのに、見事に大漁のVIPPERを釣り上げたのは、なかなかの腕前と言わざるを得ない。

マーケティング能力に長けている人の例。Joel Bauer

賤しげなるもの、余と万年筆

先日、良い紙を使ったノートが欲しくなり、ツバメノートを買ってみた。紙の質は、確かによかった。安心して字の練習に打ち込んでいるものの、別の部分での不満というのが出てきている。それは、他ならぬ万年筆自身だ。

私はプラチナ万年筆の#3776の細軟を使っている。私は、今の万年筆を買うにあたって、少々迷った。万年筆は安くないので、気軽に何本も買うというわけにはいかない。それに、万年筆を買うからには、使わなければ意味がない。飾っておくだけなら、壺や掛け軸の類だっていいわけだ。太いペン先だと、ヌラヌラとした、いかにも万年筆らしい書き味がでるのだが、使う場所が限られる。さて、線の太さをどうするべきか。

色々試し書きをしたあげく、書き味よりも、線の細さを優先した。結果が、細軟だったのだ。思うに、これは正解だったと思う。メモ帳にも使えるので、今の私はどこに行くにも、メモ帳と万年筆を持ち歩いている。確かに、気軽に持ち歩いていては、壊す恐れもある。しかし、使わずに飾っておくのでは、せっかくの万年筆の甲斐がない。

ただし、外出中にメモ帳に書き殴るなら、細い線の方がいいが、字の練習に使うには、少々太い線の方がいい。幸い、親父が唯一持っている古い万年筆がある。今はまったく使っていないので、借りてきた。パイロットのCUSTOM 74で、字の太さはMである。だいぶ古いものだが、今でも問題なく書ける。万年筆の耐用年数の長さは驚くほどである。なるほど、確かにこれぐらいの太さだと、いかにも万年筆らしい書き味である。

追記:親父に確認を取った所、なんと23年前のものであるらしい。

しかし、私としてはやはり、プラチナ万年筆の方がいい。とはいえ、実際に問題なく書ける、太めの線の万年筆があるのに、わざわざ新しい万年筆を買うべきか。賤しくはないだろうか。そんなに字もうまくないのに、万年筆を何本も持っていても仕方がないのではないか。万年筆はいつでも買える。今は一文字でも多く、字を書く練習をした方が良いのではないか。

卜部兼好著 徒然草 第七十二段

賤しげなるもの。居たるあたりに調度の多き、硯に筆の多き、持仏堂に仏の多き、前栽に石、草木の多き、家の内に子孫の多き、人にあひて詞の多き、願文に作善多く書きのせたる。
多くて見ぐるしからぬは、文車の文、塵塚のちり。

ところで、万年筆に関する、夏目漱石の文章があったということを知った。題は、「余と万年筆」である。短い物なので引用する。

夏目漱石著 余と万年筆

 此間魯庵ろあん君に会った時、丸善の店で一日に万年筆が何本位売れるだろうと尋ねたら、魯庵君は多い時は百本位出るそうだと答えた。それでは一本の万年筆がどの位長く使えるだろうと聞いたら、此間横浜のもので、ペンはまだ可なりだが、じくが減ったから軸だけえてれと云って持って来たのがあるが、此人は十三年前に一本買ったぎりで、其一本を今日まで絶えず使用していたのだというから、これがまあ一番長い例らしいと話した。して見ると普通の場合ではいくら残酷に使っても大抵六七年の保証は付けられるのが、一般の万年筆の運命らしい。一本で夫程それほど長く使えるものが日に百本も出ると云えば万年筆を需用する人の範囲は非常な勢をもって広がりつつあると見ても満更まんざら見当違けんとうちがいの観察とも云われない様である。もっとも多い中には万年筆道楽という様な人があって、一本を使い切らないうちにあきが来て、又新しいのを手に入れたくなり、これを手に入れて少時しばらくすると、又種類の違った別のものが欲しくなるといった風に、それから夫へと各種のペンや軸を試みてうれしがるそうだが、これは今の日本に沢山たくさんあり得る道楽とも思えない。西洋では煙管パイプに好みをって、大小長短色々ぜた一組を綺麗きれい暖炉だんろの上などに並べて愉快がる人がある。単に蒐集狂しゅうしゅうきょうという点から見れば、此煙管パイプを飾る人も、さかずきを寄せる人も、瓢箪ひょうたんめる人も、皆同じ興味にられるので、同種類のもののうちで、素人しろうとに分らない様な微妙な差別を鋭敏に感じ分ける比較力の優秀を愛するに過ぎない。万年筆狂も性質から云えば、多少実用に近い点で、以上と区別の出来ない事もないが、いて無くても済むものを五つも六つもそろえるのだから今げた種類の蒐集狂と大した変りのあるはずがない。ただ其数に至っては、少なくとも目下の日本の状態では、西洋の煙管気狂パイプきちがいの十分の一も無かろうと思う。だから丸善で売れる一日に百本の万年筆の九十九本迄は、尋常の人間の必要にせまられて机上きじょうもしくはポッケット内に備え付ける実用品と見て差支さしつかえあるまい。して見ると、万年筆が輸入されてから今日迄に既に何年を経過したか分らないが、かく高価の割には大変需要の多いものになりつつあるのは争うべからざる事実の様である。
 万年筆の最上等になると一本で三百円もするのがあるとかいう話である。丸善へ取り寄せてあるのでも既に六十五円とかいう高価なものがあるとか聞いた。もとより一般の需要は十円内外の低廉ていれんな種類に限られているのだろうが、それにしても、一つ一銭のペンや一本三銭の水筆に比べると何百倍という高価に当るのだから、それが日に百本も売れる以上は、我々の購買力が此の便利ではあるが贅沢品ぜいたくひんと認めなければならないものを愛玩あいかん[#「あいかん」はママ]するに適当な位進んで来たのか、又は座右ざゆうに欠くべからざる必要品として価の廉不廉にかかわらず重宝ちょうほうがられるのか何方どちらかでなければならない。しかし今其源因を一つに片付けるのはの至として、又事実の許す如く、しばらく両方の因数が相合して此需要を引き起したとして、余はとくに余の見地から見て、後者の方に重きを置きたいのである。
 自白すると余は万年筆に余り深い縁故もなければ、又人に講釈する程に精通していない素人しろうとなのである。始めて万年筆を用い出してからわずか三四年にしかならないのでも親しみの薄い事は明らかに分る。もっとも十二年前に洋行するとき親戚のものが餞別せんべつとして一本れたが、それはまだ使わないうちに船のなかで器械体操の真似まねをしてすぐ壊して仕舞しまった。それから外国にいる間は常にペンを使って事を足していたし、帰ってから原稿を書かなくてはならない境遇に置かれても、下手な字をペンでがしがし書いて済ましていた。それで三四年前になって何故なぜ万年筆に改めようと急に思い立ったか、其理由は今一寸ちょっと思い出せないが、第一に便利という実際的な動機に支配されたのは事実に違ない。万年筆について何等の経験もない余は其時丸善からペリカンと称するのを二本買って帰った。そうしてそれをいまだに用いているのである。が、不幸にして余のペリカンに対する感想ははなはよろしくなかった。ペリカンは余の要求しないのに印気インキ無暗むやみにぽたぽた原稿紙の上へ落したり、又は是非墨色を出してもらわなければまない時、がんとして要求を拒絶したり、随分持主を虐待した。もっとも持主たる余の方でもペリカンを厚遇しなかったかも知れない。無精ぶしょうな余は印気インキがなくなると、勝手次第に机の上にあるんな印気でも構わずにペリカンの腹の中へぎ込んだ。又ブリュー・ブラックの性来きらいな余は、わざわざセピヤ色の墨を買って来て、遠慮なくペリカンの口を割ってました。其上無経験な余は如何いかにペリカンを取り扱うべきかを解しなかった。現にペリカンが如何に出渋っても、余はいまだかつて彼を洗濯したためしがなかった。それでペリカンの方でもなかば余に愛想あいそを尽かし、余の方でも半ばペリカンを見限みかぎって、此正月「彼岸過迄ひがんすぎまで」を筆するときは又と時代退歩して、ペンとそうしてペンじくの旧弊な昔に逆戻りをした。其時余は始めて離別した第一の細君を後からなつかしく思う如く、一旦いったん見棄みすてたペリカンに未練の残っている事を発見したのである。ただのペンを用い出した余は、印気インキの切れる度毎たびごと墨壺すみつぼのなかへ筆をひたして新たに書き始めるわずらわしさにえなかった。幸にして余の原稿が夫程それほどの手数がはぶけたとて早く出来上る性質のものでもなし、又ペンにすれば余の好むセピヤ色で自由に原稿紙をいろどる事が出来るので、まあ「彼岸過迄」の完結迄はペンで押し通すつもりでいたが、其決心の底にはうしても多少の負惜しみがこもっていた様である。
 余の如く機械的の便利には夫程それほど重きを置く必要のない原稿ばかり書いているものですら、又買い損なったか、使い損なったため、万年筆には多少手古擦てこずっているものですら、いよいよ万年筆を全廃するとなると此位の不便を感ずる所をもって見ると、其他の人が価の如何いかんかかわらず、毛筆をてペンを棄てて此方こちらに向うのは向う必要があるからで、財力ある貴公子や道楽息子どうらくむすこの玩具に都合のいい贅沢品ぜいたくひんだから売れるのではあるまい。
 万年筆の丸善における需要をそう解釈した余は、各種の万年筆の比較研究やら、一々の利害得失やらについて一言の意見を述べる事の出来ないのを大いに時勢後れの如くに恥じた。酒呑さけのみが酒を解する如く、筆をる人が万年筆を解しなければ済まない時期が来るのはもう遠い事ではなかろうと思う。ペリカンだけの経験で万年筆は駄目だという僕が人から笑われるのも間もない事とすれば、僕も笑われない為に、少しはほかの万年筆も試してみる必要があるだろう。現に此原稿は魯庵ろあん君が使って見ろといってわざわざ贈ってれたオノトで書いたのであるが、大変心持よくすらすら書けて愉快であった。ペリカンを追い出した余は其姉妹に当るオノトを新らしく迎え入れて、それで万年筆に対して幾分か罪亡つみほろぼしをしたつもりなのである。

なるほど、夏目漱石はブルーブラックが嫌いだったらしい。実は私も、日本の字を、青や赤の色を使って書くのは、どうもなじめない。万年筆といえばブルーブラックだという事は、もちろん知っている。今も役所の文書に、「黒か青のペンを使って」と書いてあるのは、当時はまともなボールペンがなく、万年筆で書いていた名残なのだ。朱墨などもあるにはあるが、主に訓点を書き加えるなどの目的で使っていたのだろうし、やはり日本の字は、黒で書くものではないかと、個人的には思う。

ところで、二十歳を超えたあたりから、夏目漱石や芥川龍之介の文章の価値が分かるようになってきた。中学生や高校生の時分には、一体彼らの文章の何が面白いのか、さっぱり分からなかったのだ。それに比べて、森鴎外や太宰治の文章のおもしろさは、実に分かりやすかったので、そっちばかり読んでいた。

Google Chrome Frameについて

Chromium Blog: Introducing Google Chrome Frame

Google Chrome Frameとは、IEのプラグインであり、HTML5のサポートや、高速なJavascriptをもたらす。

Google Chrome Frame - Google Code

Webサイトでこれを使用するには、以下のタグを使えばよい。

<meta equiv="X-UA-Compatible" content="chrome=1">

IEにインストールされているGoogle Chrome Frameプラグインが、上記のタグを検出すると、Webkitベースのレンダリングエンジンに切り替えてくれる。

このプラグインをインストールすると、IEのRaison d'êtreが崩壊していきそうだが、それもこれも、IEがクソだからに相違ない。

なお、このブログは、こんなプラグインの為にタグを書く気など、さらさらない。webkitが使いたければ、IEなんぞ窓から放り投げて、SafariやChromeなどのブラウザを使うべきである。こんなプラグインは邪道である。あくまで、興味深かったので紹介したまでに過ぎない。

追記:os0xさんが、実際にインストールしてみたようだ。より詳しい使用方法や、実際に試してみた感想などが載っている。
IEをChromeにするGoogle Chrome Frameがすごい(けど実用的なレベルではないよ) - 0xFF

2009-09-21

QuirksBlog: HTML5のドラッグ&ドロップはクソだ

QuirksBlog: The HTML5 drag and drop disaster

QuirksBlogで有名なPeter-Paul Kochさんが、HTML5のドラッグ&ドロップに関して、酷くののしっている。かなり好い文章で、興味深かったので翻訳してみた。記事が長いので、blockquoteを使うのは御免を被る。

一日半もテストして、HTML5 drag and drop moduleはクソなばかりか、ゲロみてえな臭いがプンプンするってことが、いやというほど分かったね。

コイツはHTML5規格から、ソッコーで消すべきだし、もっとまともな規格が制定されるまでは、現行ブラウザは、この機能を、一刻も早く無効にするべきだ。

Web開発者は、HTML5のドラッグ&ドロップを使うな。絶対使うな。RFC2119で規定されているMUST NOTの意味で使うな。使いたきゃ、従来通りのスクリプトで実装しろ。いいな。

これからその理由というヤツを述べていこうと思うんだが、その前に、ひとつ言っておくことがある。俺は基本的に、HTML5規格は支持してる。何でかっていうと、規格の出来が、結構好いからな。実際、こんな好い規格に、なんでこんなクソの塊が転がってるんだよ。マジでおかしいし。

マジで調子ブッコいてるほどアホくさいんで、俺はストを敢行する。もうこれ以上ドラッグ&ドロップについては調べん。てめーらで勝手にやんな。あるいはやんないか。まあ、どっちでもいいか。どうせ俺の知ったこっちゃあない。

以下に述べることは、実に言葉遣いがなっていないが、謝罪はしない。ドラッグ&ドロップは最悪だ。

誰の責任だよ?

マイクロソフトが、ドラッグ&ドロップを、「設計」して実装したのは、1999年のIE 5.0のリリースにまで、さかのぼれる。それ以来、IEはこれをサポートし続けている。

この次に述べるごとく、この規格は恐ろしくクソだった。責任の大部分はマイクロソフトに帰するといっていい。

最初は、独りマイクロソフトのせいだと思ってたんだが、HTML5 WGとブラウザ各社にも、責任がある。

HTML5と、その前身、WHAT-WGの基本理念に、先のワーキンググループが規定していなかった、実際のブラウザの挙動を規格化しようというものがある。たとえば、innerHTMLとか、offsetWidthとかだ。

俺も、この理念には賛成だが、マイクロソフトのドラッグ&ドロップに限っていえば、かなり問題があると言わざるを得ない。

Hixie曰く、「ドラッグ&ドロップAPIはひどいが、利点もある。IE6が実装しているのだ。SafariやFirefoxも」

まあ、現実はその通りなんだが、FirefoxとSafariとChromeは、ために悲惨な憂き目にあっている。Operaだけは悲惨な現状から免れている。

どこでもその機能が使えるってこたあ、たしかに重要だ。でもコレはないだろ。ドラッグ&ドロップは悲惨すぎるぜ。

俺様のテスト状況

オッケー。んで、一体HTML5のドラッグ&ドロップの、何がクソかって話だ。

教えてやるよ。

俺がテストしている状況を、そっくりそのままに記述すると、以下のようになる。俺は以下のような思考順序を経て、このエントリを書くに至ったわけだ。

今回のテストはメチャ最悪だった。ネットスケープ4が絶滅して以来のクソさ加減だ。だから記述には、暴力的な言葉が含まれているわけだ。それもメチャたくさん。

イベント多すぎ

ドラッグ&ドロップには、七個もイベントがありやがる。dragstart, drag, dragover, dragenter, dragleave, drop, dragendだ。

mousedown, mousemove, mouseupのイベントだけで実装できるモノにしちゃあ、何かやたらと多くないか。

まあ、これぐらいなら、別にクソって事もないんだ。ちょいとAPIの設計が汚いって程度だ。この中から使いたいイベントをいくつか選び、残りは無視しなければならない。

茫然自失

茫然自失

ハァッ? ナメてんのかッ? 何だとッ!?

dropイベントは、ユーザーがドラッグ中の要素をドロップした時に起こる。

そして、当然ながら、ドラッグ中の要素をドロップすることが、この規格の主目的なわけだ。

従って、dropとは、最も重要なイベントである。しかし、何故か起こらない。何故だろう。

茫然自失。

規格と使用例の確認。

オッケー、分かったよ。

dropイベントを発動させるには、dragoverとdragenterイベントのデフォルトをキャンセルしなければならない。

・・・・・・。

ハァァァァァァッッッ?

オッケー、もう一回、確認しよう。

dragoverとdragenterのデフォルトアクションは、要素をドロップさせないことである。そのため、要素をドロップさせるには、デフォルトアクションをキャンセルしなければならない。これ当然なり。いかにも明白の理なり。

・・・・・・。

ハァッ? ナメてんのかッ? フザけるなッ!?

オッケー、もう一度。

dragoverとdragenterイベントが存在する根本的な理由は、ドロップをさせたいWeb開発者に、デフォルトの挙動をキャンセルさせるためである。

またまたご冗談を。

無言。

フザけやがってッ! ブチ殺すぞゴミめらッ!

何でわざわざ、本来の一番重要な機能を発動させるために、てめーのクソイベントのデフォルトアクションを、ひとつならずふたつもキャンセルせにゃならんのだ。誰がそんなことするかッ!

じゃ、遊んであげないニャ。さいニャら。

このチンピラが オレをナメてんのかッ! この、ド低能がァーーッ

無言。

おいよく聞けよ、ボケなす。まあ、その頭じゃ到底理解不可能だとは思うがな。万が一ってことがある。ひょっとしたらお前みたいなクズにも分かるかもしれん。

デフォルトアクションとはな、ポジティブにあるべきなんだ。かくかくの挙動をしたら、しかじかが起こるというものだ。スクリプトでキャンセルしない限りはな。JavaScriptのイベントはそのように設計されているんだよ。

無言。

クソッ、タバコがやめらんねえ。

時間の浪費。

落ち着け、落ち着け。Let it be. どうにかなるさ。

まず、何か別のことをして気を紛らわせよう。

ようやくにして平常心を取り戻す。

dragstartイベントハンドラを定義すると、IEでは、他のイベントが起こらなくなる。他のイベントすべてだ。

Remy Sharpのテストケースをみると、IE8では、dragstartありでも動くらしい。

どうにも不思議だ。だいたい、規格はIEの実装を元にしているはずではないか。つまり、規格が、他のすべてのイベントがキャンセルされるという挙動を見逃したのだろうか。あるいは、IEが自分とこの独自機能すら、満足に実装できていないのか。

今のところ、後者ではないかと思う。ブラウザバグを一件発見。後で再テストして、再現方法の発見して、ドキュメント化しなければ。

やれやれ、なんとかマトモになってきたぜ。

まあ、他のヤツは、そんなにクソじゃないだろ。たぶん。

だが、その前にイベントに関して。

ドラッグこれイベント

dragイベントというのは、mousemoveに似ている。ただし、ドラッグ中に発生する。これはマトモじゃないか。ちゃんとどこでも動くだろうか。動くようだ。次。

ドラッグあれイベントとドラッグ何かイベント

dragenterとdragleaveは、すばらしいイベントのように思える。ドラッグ中に、HTML要素の中に出入りすると、発生するわけだからな。要素が妥当なドロップターゲットの場合、そのスタイルを、ondragenterとondragleaveで変更して、そのことをユーザーに伝えることが出来るって寸法だ。

マイクロソフトのAPIを元にした規格で、オレはdragenterとdragleaveが、mouseenterとmouseleaveと同等機能だと期待していたんだ。だが、違うんだなコレが。IEにおいてですら、違うんだな。mouseoverとmouseoutと同等で、あらゆる点においてクソだ。命名が間違っているわけだ。

mouseoverとmouseoutは最悪だ。というのも、常にbubbleで上がっていくので、重要なものとそうでないものを判断するのが、最高にムズかしいんだ。イベントがセットされている要素の、子要素に対して、mouse overするかdrag enterしても、発生する。そんなのいらねーんだよ。マウスが要素の上を通るたびに、イベントが無駄に発生するだろうが。有益なイベントと、そうでないものを選り分けるのが面倒なんだよ。

訳注:DOM Level 2のEventTargetインターフェースにある、addEventListener()を使ってイベントハンドラを追加すれば、第三引数をtrueにすることによって、bubbling phaseを無視できる。また、リスナーとして登録するEventListenerインターフェースのhandleEventメソッドの引数、Eventインターフェースにある、eventPhaseプロパティをみれば、現在のPhaseはすぐ分かる。この問題は、それほど面倒だろうか。

一方、mouseenterとmouseleaveは、定義されている要素にしか、発生しないし、bubbleもしない。こっちの方が使いやすいって事だ。

コイツらはマイクロソフトの独自拡張なんだが、いい機能だ。IEでしか動かない。

元々、mosueenterとmouseleaveはドラッグ&ドロップと同じで、互換だった。mouseenterとmouseleaveにとっては役に立つが、ドラッグ&ドロップに対しては、役に立たない。他のブラウザはどんな風に実装するんだろうな?

Web開発がこんなにクソ面倒なのも当然の話だ。こんな大マヌケがブラウザの挙動を決めてんだから。

おっと、これはマヌケに失礼だったな。

あ゛-、クソが。

drag大まぬけイベント

dragoverは、mouseoverとは何の関係もない。dragイベントとまったく同じだ。ただし、documentだけではなく、どんな要素にもセットできる、あるいは何か。どうでもいいけど。

じゃあ何で、dragイベントがあるのに、dragoverイベントが必要なのか?

プカー、スパスパスパスパ・・・・・・プカー

デフォルトアクションをキャンセルするためにある。

デフォルトアクションをキャンセルしなくて良けりゃ、dragマヌケイベントなんざ、ハナッから必要じゃねーんだよ。ボケが!

そうすりゃ無意味なイベントが、規格から無くなるだろ。だろ?

だから、デフォルトアクションを定義するんだよ。複雑なデフォルトアクションを。

もちろん、キャンセルできる必要がある。当然だ。動作を取りやめるためのキャンセルだな。

無言。

おい、誰かいないのか?

時間の浪費。

おい、オレ今、サイコーに好いこと言ってんだぞ。お前らさっさと規格改良しやがれ。

draggable

で、draggableっちゅー属性があってだな、trueにしとくと、その要素がドラッグ可能になる。Firefoxでしか動かない。リンクとイメージは、デフォルトでdraggableだ。

実際、これは実に好いアイディアだ。

ワーオ。やっとマトモなものを見つけたぜ。でも誰に感謝すりゃいいんだ?

思うに、draggableというのはHTML5による追加なんだろう。IEでは動かないもんな。HTML5 WGも、ひとつぐらいはまともなアイディアを出せたようだな。おめでとう。

だいたいだな。ドラッグ&ドロップに関するマイクロソフトのドキュメントが見あたんねーんだ。だからIEでdraggableがサポートされているべきかどうか、分からねーんだ。

見た限りでは、IEのアイディアではないってことだけは、確実だ。

(おめーらがマイクロソフトのドキュメントがどこにあるか知っていたとしても、コメントに書き込むこたあーない。もはや、どうでもいいことだからな)

マヌケすぎるSafari

はい、次の問題。

Safariでドラッグ&ドロップを動かすためには、CSSにこれを追加しろ。

#tobedragged {
 -khtml-user-drag: element;
}

・・・・・・。

Q:よお、この要素をどのようにユーザーに対して表現したらいいんだ?
A:それはドラッグ可能だ。

・・・・・・。

死ね、Safariチーム、氏ねじゃなくて死ね。

いやまてしばし。もういちど言ってみよう。丁寧な言葉は、乱暴な言葉よりも受け入れられやすい。

Safariチーム各位。「表現と挙動の分離」という事をご存じの方はいらっしゃいますか?

無言。

んなこったろーと思ったぜ。

時間の浪費

何にせよクソだ。

訳注:CSSとは本来、ユーザーに対して、どのように表現するかを指定するものである。ドラッグ可能かどうかという事は、表現ではなくて、むしろ挙動である。Safariのこの独自拡張は、表現を指定するはずのCSSで、挙動を指定するというものである。それ故、不可思議な拡張となっている。

ドロップエフェクトか? それともドラッグエフェクトか?

DropEffectプロパティ(訳注:確かに、Javascript側からみたら、プロパティだが、ここは属性と呼ぶべきでは?)は、ドラッグエフェクトを指定できるらしい。すくなくとも、規格では、そのように読める。

これは間違っているかも知れない。オレはドラッグエフェクト、あるいはドロップエフェクトの何たるかを知らんし、お前らも知らん。お互い様だ。

訳注:現行のHTML5ドラフトでは、「dropEffect属性は、ドラッグ&ドロップ中のユーザーが受けるドラッグ&ドロップフィードバックを指定する」と書いてある。名前はドロップなのに、ドラッグにも関係しているように読める。しかも、この文面だけでは、一体何のことなのか、さっぱり分からない。また、none, copy, link, moveという値を設定できるとも書いてあるが、それが何を意味するのかという規定はない。
規格の文面で、意味が何も言及されていない以上、「オレは知らんし、お前も知らん」、つまり誰も知らないのである。
このようにHTML5のドラフトは、まだ詳しく規定されていない部分や、未完成の文面が多々見受けられる。もちろん、まだドラフト段階であり、今後の議論により規定されていくのかも知れない。ただし個人的に思うのは、なぜ、未完成の文面の一部を、早々にドラフトに入れてしまうのかということである。例えば、別のペーパーなどで提案し、完成した段階でドラフトに入れる、という形を取った方が良いのでないのだろうか。

実験として、規格で規定されている値をすべて突っ込んでみたんだが、どのブラウザでも変化無しと来ていやがる。

で、ドロップエフェクト(あるいは、ドラッグエフェクトかもしれない)を許可するには、effectsAllowedをallにしておかなきゃならんってことに気がついた。ただし、何も変わりゃしねえ。ドラッグ(あるいはドロップ?)エフェクトを許可しても、どのブラウザもdropEffectに反応しない。

あるブラウザでは、effectsAllowdをallに設定した直後に、値はcopyLinkであると返してきた。何か根性らしきものを感じるね。

そもそも、なんでオレが許可を出さなきゃならないんだ? dropEffectをセットするということ自体が、オレが命令して(つまりは、許可を出して)、そのエフェクトを発現させるんじゃないか。

違うのか?

無言。

無言

クソが。もういい、オレは抜ける。

ストライキ

この上でまだ、ドラッグ&ドロップがクソだと思わないなら、Fransisco Tolmaskyの記事を読めば、ヤツの出くわしたバグと問題が載ってる。

ヤツの記事を読んでみると、どうもブラウザベンダーはドラッグ&ドロップを実装するのにトラブッているみたいなんだよな。

やれやれ、何でなんだろうな。

まあ、わざわざ知りたいとは思わんけどな。もうたくさんだ。

オレの知る限り、この記事で答えの出ていない疑問は、永遠に答えがでないだろうよ。オレはこのクソッタレなゴミ溜めに、もう二三日、無給で首を突っ込みたいとは思わん。

現状を変えたければ、どうぞご自分で研究してくんな。

あと、有益な記事とかサイトを教えてくれなくても好いぜ。もうどうでもいいし、どうせ読まないだろうから。

オレはストに入る。

ppkは、ドラッグ&ドロップに関して、相当辛酸を舐めたようだ。

追記:dropEffectという名前の属性や、その値である、none, copy, move, linkなどは、IEの実装上の都合らしい。
DROPEFFECT Constants (COM)

追記2:上記の追記からして、IEのこの機能の本来の目的は、IEとその他の外部との間のプロセス間通信としての、ドラッグ&ドロップなのかもしれない。それならなおさら、HTML5の規格からは取り除くべきである。Webとは関係がない機能だ。Webのドラッグ&ドロップというのは、もちろん、ページ内で完結しているドラッグ&ドロップのことである。たとえば、Google Readerには、フィードをフォルダという単位でまとめることができるが、その操作を、ドラッグ&ドロップで行える。

これはひどい

幼なじみは大統領

これはひどい。

エロゲは興味がないのだが、ちょっと欲しいと思ってしまった。ただ、9240円は高い。同じ一万円だすなら、延慶本を買う。

METAL WOLF CHAOS - FROMSOFTWARE WEB SITE

こんなのも。

user defined literalが予約語の制約を無視できる理由

2chで軽く論破されてしまった。こんな事に気がつかなかったとはなさけない。試験などで立て込んでいて、少々遅れたが、user defined literalが、予約語を無視できる理由について述べる。

アンダースコア二つから始まる名前と、アンダースコアひとつに大文字から始まる名前は、あらゆる利用を予約されている。
アンダースコアひとつで始まる名前は、グローバル名前空間において、予約されている。

予約されている名前を使うと、動作は未定義である。

ところで同時に、規格では、「アンダースコアひとつから始まらないuser defined literalのLiteral suffix identifierは、予約されている」と書かれている。つまり、user defined literalのLiteral suffix identifierは、アンダースコアひとつから始まらなければならないのだ。Literal suffix identifierとは、もちろんidentifierでもある。これは、予約語の制限と衝突する。これは一体、どう解釈すればいいのか。

実は、名前と識別子とは、同義ではない。名前の定義は、3 Basic conceptsに書いてある。

3 An entity is a value, object, variable, reference, function, enumerator, type, class member, template, template specialization, namespace, parameter pack, concept, or concept map.

4 A name is a use of an identifier (2.11), operator-function-id (13.5), conversion-function-id (12.3.2), or template-id (14.3) that denotes an entity or label (6.6.4, 6.1).

p4を一見すると、identifierはいかにもnameである。ところが、最後に奇妙な文がくっついている。"that denotes an entity or label"という文だ。どうやら、ただにidentifierなだけではnameにならず、entityやlabelでなければならないらしい。

labelというのは、gotoで飛ぶアレのことだから、識別子には当てはまらないが、entityとは、一体何だろう。entityはp3で規定されている。みると、値だとか、オブジェクトだとか、変数、参照、関数、列挙子、型、クラスメンバー、テンプレート、テンプレート特殊化、名前空間、パラメーターパック(Variadic Templateのこと)などなど。

ようするに、entityでなければ、nameではないということだ。予約語の制限は、nameに対して適用される。すべてのidentifierに対してではない。

さて、user defined literalは、現行ドラフトの、13.5.8 User-defined literalsに、以下のように定義されている。

literal-operator-id:
    operator "" identifier

user defined literalは、例えば、operator "" _x という形で参照しなければ、entityにならない。_xだけでは、entityではないのだ。entityでないということは、nameではない。nameではないということは、予約語の制約を受けない。

従って、以下の宣言はすべてwell-formedなC++0xのコードである。

// OK アンダースコアから始まっていてもよい。
int operator "" _x( const char* ) ;

// OK アンダースコアに大文字から始まっていてもよい。
int operator "" _X( const char* ) ;

// OK アンダースコア二つから始まっていてもよい。
int operator "" __x( const char* ) ;

ただ、問題はある。C++0xの規格が制定されたら、当然、実装が出回る。そうすると、皆C++0xの機能を使い出す。問題は、大部分のユーザーは、規格を読んでC++を学ぶのではない。なぜuser defined literalが、例外的に予約語の制限を免れるかという理由など、知るわけがない。

user defined literalの識別子は、アンダースコアから始まらなければならないが、果たしてユーザーは、その決まり事を守るかどうか。コンパイラがちゃんとエラーを出すかどうか。

user defined literalで、アンダースコアから始まる名前が使えること(というより、アンダースコアから始まらなければならない)を知ったユーザーは、果たして、それがuser defined literal限定であることも、学ぶかどうか。この問題を知らない人が、C++の参考書を書くかも知れない。ユーザーはそれを読んで、勘違いするかも知れない。今現在、ほとんどのコンパイラは、ユーザーが予約語を使ったからと言って、エラーはおろか、警告すら出したりしない。ユーザーが、名前はアンダースコアから始まっても良いのだと、勘違いしないだろうか。

アンダースコア二つ、あるいは、アンダースコアひとつに大文字で始まる名前は、あらゆる使用が予約されている。例えば、処理系独自の拡張機能を提供するキーワードなどだ。そして、大抵のコンパイラでは、そういうキーワードは、パースの時点で、特別に処理されるような実装になっていたりする。その手のキーワードが、識別子として使われている時点でエラーを出したりするかもしれない。これは規格違反だが、実際に多くのコンパイラがそういう実装になっている以上、無視するわけにはいかない現実だ。だから、アンダースコア二つ、あるいはアンダースコアひとつに大文字で始まるuser defined literalは、出来るだけやめた方がよい。

user defined literalがこのまま規格に残るのであれば、これらは気にしなければ行けない問題だ。願わくは、C++0xの参考書を書く人が、user defined literalを解説する時に、これらの問題も取り上げるべきだと思う。たとえ、細部に踏み込み、究極的な、「何故」にまで言及するような解説までは書かないとしても、user defined literalの識別子は、他の識別子とは違って特殊なので、これらの事に気をつけるべきだという、注意があってほしい。

「智慧」の人とか、「信実と勇気」の人は、おそらくはC++0x本を書くのではないかと思うが、もしuser defined literalを解説するのであれば、この辺のことにも言及しておいてほしい次第である。