2010-03-23

東京都は『古事記』を有害図書に指定しよう!

東京都は『源氏物語』を有害図書に指定しよう!:日経ビジネスオンライン

有害図書である。なるほど、うまく考えたものである。かつて、我が日本国政府は、ヰタ・セクスアリスや、チャタレイ夫人の恋人を、発禁処分にしたところ、大きな批判を受けた。表現の自由、言論の自由に対する、大いなる違反であるとの批判である。

発禁処分はまずい。なにより、名前がよろしくない。では、有害図書という名前にしよう。これは一見、ゾーニングに見えるが、その実、現実的に、表だった流通には載せられないようにすることである。本当に、よく考えたものである。そのド低脳クサレ脳みそで、よくぞ思いついた。

よく、源氏物語は、ローティーンの紫の上を誘拐、監禁し、自分好みに調教した物語を含むので、まさしく有害図書であるという批判を耳にする。しかし、源氏物語の如きは、古事記に比べれば、全然、有害でもなんでもないのである。

イザナキ君とイザナミちゃんによる、国生みの次第は、非常にわいせつである。

まず、彼らは、オノゴロと呼ばれている島に、神の眷属である利権を利用して、天下るのである。私はデタラメを言っているのではない。ちゃんと、原文に書いてある。

其嶋天降坐而見立天之御柱見立八尋殿

しかも、天下るどころではない。天の御柱や、八尋殿といった、ハコモノを建造するのである。しかもこのハコモノは、自分たちだけで使うために、立てたのである。まったくもって、税金の無駄遣いである。

そして、その八尋殿という名前が示すように、広大な屋敷に入って、まず行ったことは、極めて猥雑なる行為である。

イザナキ「お前の体はどうなっているのだ」
イザナミ「穴がひとつあいている」
イザナキ「俺の体は、ひとつ余計なモノがついている。こいつをどう思う?」
イザナミ「すごく・・・大きいです・・・」
イザナキ「大きいのはいいからさ。こいつをお前の穴に差し入れて、やらないか?」
イザナミ「アーッ!」

このような次第を経て、我が日本国は生まれたのである。

これだけではない。古事記では、この後も、延々とヤリまくる記述が続く。ついには、ヤリ過ぎて、イザナミは死んでしまう。

イザナミ亡き後、イザナキはどうしたか。型の如く喪に服したか。否、彼は、宗教でいうところの、いわゆる黄泉国に行って、イザナミを生き返らせようと試みるのである。

これは、青少年の健全な育成に対して、非常なる害悪である。このような記述は、「人が死んでも、黄泉国に行けば、また会えるから問題ない」という思想を生む恐れがある。このような軽率な物語があるからこそ、命の大切さが分からない若者を増やすのである。

さて、イザナキは、黄泉国にいるイザナミに会いに行く。イザナキが黄泉国を訪問したとき、イザナミはちょうど、触手プレイと獣姦に勤しんでいたが、その現場を見られたために、イザナキを殺そうとする。イザナキは、ほうほうの体で、逃げ出す。なんとかおってから逃れられるが、その時にかわした会話は、残酷極まりないものである。

イザナミ「むしゃくしゃするから、これからは、一日に千人ぐらい、無差別に殺す」
イザナキ「じゃあ俺は一日に千五百人、妊娠させるから無問題」

これを読んでなお、命の尊厳を知る若者があるだろうか。

その他にも、アマテラスとスサノヲの近親相姦や、スサノヲが巫女のマンコを串刺しにして殺す話、アマテラスのヒキコモリ、アマテラスを部屋から出すために、売笑婦を雇って、裸踊りをさせたのだのと、猥雑かつ非倫理的な話は続くのである。

それが終われば、今度は、恐れ多くも、御門の祖先のお話になる。ここで、帝は、もったいなくも御顔にタトゥーを彫り、毎日のように、女をナンパ遊ばされるのである。女は、いずれも、掛けまくも忝なく、龍顔に咫尺して、甚だしきは、「もっと寝ろ」という意味の露骨な詩を歌うものまで現れる始末。

一体我々は、古事記のような有害図書を、野放しにしてよいものか。

ある者は言う、「古事記は難しいから、青少年は読まないだろう」と。これは、青少年の読解力を、過小評価しすぎである。

なぜならば、この私は、小学生の時に、古事記を読破していた。しかも、相当エロい話であると、当時から思っていたのである。私が、小学生の時に読んだ、他の小説、たとえば、足の爪を剥がしたことを利用して、女医の乳房を盗み見る、「赤頭巾ちゃん気をつけて」だとか、双子と3Pする、「1973年のピンボール」だとか、あるいは、ド田舎に隔離された挙句、砂まみれになって女と交わる、「砂の女」だとか、猫の鳴きまねをするよう調教された未成年と乳繰り合う、「密会」と比較しても、古事記の方が、断然エロかった。

自白するが、私はこれらの小説を、小学生の時に、すでに読んでいた。つまり、これらの本は、実際に、小学生が目にする恐れのある本である。

ところで、世の中には、障子を勃起した陰茎で破る、「太陽の季節」とかいう小説があるそうだが、これは、特に、有害図書にして、規制する必要はないと思う。というのも、私は小学生当時、そんな本の存在は知らなかった。たしか、太陽族という言葉は、物の本で読んだ覚えがあるが、すぐに消えた数あるバカバカしい流行のひとつに過ぎない。一方、私が小学生の頃に読んだ、上記の小説は、現在でも有名で、全国、どの書店でも売っているであろう、上記の小説に比べれば、「太陽の季節」なんて、どこで売っているのかすら分からないマイナーな本なので、あえて規制する必要もないだろう。事実、私はいまだに、「太陽の季節」は読んだことがない。

追記:小一時間ほどググッた結果、ようやくアマゾンで、「太陽の季節」の、中古品を見つけることができた。値段は、1円である。1円ぐらいの価値はあるらしい。1955年当時の1円だろうか。

太陽の季節 (新潮文庫)

古事記 (岩波文庫)
赤頭巾ちゃん気をつけて (中公文庫)
砂の女 (新潮文庫)
密会 (新潮文庫)

1 comment:

Anonymous said...

教科書が有害図書にならず、学校で物語を教えている教師が当局に連行されないのは、良いことだと思います