2007-06-04

ふと思った

 よく、「私らが子供の時分には、皆、外で遊んでいたのに、近頃ときたら、皆で集まってもゲームばかり。まったく、最近の若い者はダメだ」などと言われる。  まあ、そうは言っても、その時分にはゲームなどないし、今は遊べるような所も少ない。もちろんこういうことは、四千年前のエジプトのパピルスにも書いてあるそうだ。因みに、このエジプトのパピルスについて調べたが、どうも一次ソースが見当たらない。わが国では、柳田国男が、「Archibald Henry Sayceがそんなことを言っていた」と、著書「木綿以前の事」に書いている。そして、このArchibald Henry Sayceは、いくつかの本を書いている。この中に、恐らくはあるだろうと思われる。しかし、こんなマイナーな本は、国内では国会図書館か、有名な大学の図書室にでも行かなければ見つからないだろう。  さて、そこでふと思った。もし我々が親の世代になったとき、一体なんと言われているのだろう。既にゲームはある。外で遊べる場所は今より増えることはないだろう。さて何と言う。  思うに、ネット対戦ではないかと思う。最近、ようやくインターネットも普通になってきた。帯域は、現在でもゲームには十分すぎるぐらいだし、遅延も、恐らく将来は、日本国内は最高でも10ms程度の遅延でpingが通るだろう。Google Mapで日本列島の全長を測ると、だいたい1500kmぐらいであった。沖縄を無視すればだが。1500kmを光の速さで進むと、5msかかる。適当に言ったが、結構ありえそうだ。  そんなわけで、どの家にも電話回線を付けているように、どこでもネットに接続可能になると、ネットゲームが物凄く身近な存在になる。  そういう近い将来、我々は次のように言うだろう。 「私らが子供の時分には、皆、集まって誰かの家でゲームをしていたのに、近頃ときたら、皆ネットゲームばかり。まったく、最近の若い者はダメだ」と。  ところで、書名を失念したが、ある物書きの文章読本では、物書きの間では、「ペンで書くのと、キーボードで打つのでは、文章が違う。ペンで書こうとすると、じっくりと考えてから書くので、必然的に良い文章が出来上がる。従って、物書きを生業とする以上、まずペンで書くべきだ」と主張する人が居ると書いてあった。その著者はこれを皮肉って、「まったく馬鹿げた話だ。ひょっとしたら将来、『音声認識による入力と、キーボードからの入力では、出来上がる文章はどちらが優れているか』という論争でも繰り広げられるのだろうか。ペンとキーボードの争いよりは、多少ましな気はするが」と締めくくっていた。

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