2009-04-28

いまだに日本語わ言文一致でわない

昨日から万年筆を買って、久しぶりに文章を手で書いてみたところ、まったく書けなくなっていたことに驚いた。まず、漢字がでてこないし、ひらがなすらゲシュタルト崩壊を起こすほどだ。その時思った事があるので、書き付けておく。

言文一致を真っ先に始めたのわ誰かというと、己は二葉亭四迷だと思う。二葉亭四迷は浮雲という本を書いたんだけど、この浮雲という本は、何がすごいかといって、己でも読めるんだ。これほどすごい事わないぜ。己わ昭和に書かれた本でさえ、読めない物があるのに、二葉亭四迷わ読める。二葉亭四迷わ、浮雲を書くのにあたって、坪内逍遙から、「君わ円朝の落語を知っていよう。あの円朝の落語通りに書いてみたらどうか」と言われたらしい。また、ロシア語の影響を受けていて、ひょっとしたら、ロシア語で書いてから、日本語に訳したんじゃないかとまで、冗談で言われている。

現代文の基礎を作ったのわ誰かというと、やっぱり夏目漱石だと思う。己としてわ、夏目漱石わあまり好きじゃないのだけれど、まあ、すげぇことをしたってのだけわ、確かだ。あんな文章を書いてたのわ、当時、他に誰もいなかったからな。森鴎外も森鴎外ですごいけど、やっぱりあいつわ漢文から抜けきってない。

で、戦後、GHQが日本語が難しすぎるとかアホなこと抜かして、日本語の書き方を変えようとした。一部の漢字の正字をあらためて、俗字の方を正式な文字にしたり、かなづかいを発音に合わせたりとかした。当初は、かなですら難しすぎるから、アルファベットを使わせようなどと言ったらしい。結局、そこまで極端にわいかなかったものの、日本語の文章は、戦後、だいぶ変わった。

まだ変わっていないこともある。例えば、かなづかいをあらためさせたものの、結局、一部のかなづかいわ、いまだに発音と表記が一致していない。これは、あまりにも一般的で、改めようがなかったと言われているが、己から言わせてもらえば、どの旧仮名遣いだって、当時からすれば一般的だったわけだし、なんかよく分からない。

今わ、コンピューターの発達により、誰もまともに日本語を書かなくなった。だいたい漢字を書くにわ、覚えなければいけないと言うこともあるけれど、たとえ覚えていたとしても、書くのに時間がかかるという問題がある。こればかりわ、どんなに字がうまい奴であっても、どうしようもない。そこで、みんなワープロの登場に喜んだ。そういう意味で、己わ安部公房を尊敬する。当時、ワープロでわ本物の文章を書けない、などと主張する時代の読めないアホがたくさんいたけれど、安部公房わ違った。

以上、なるべく言文一致で話すように書いてみたが、やはり違和感がある。「は」を「わ」に置換する程度のことは、おそらく慣れの問題なのだろうが、似たようなことが連続して出てくるのは、如何ともしがたい。第一、上記の文章は、まだ全然言文一致ではない。本当の口語ならば、大量の間投詞が含まれているにきまっている。

ちなみに、言文一致に対する批判は、もっと大昔にさかのぼることができる。たとえば千年前は、文章という物は、口語とははるかにかけ離れていた。文章の良さを評価するメトリックは、文章自体の他にもたくさんあった。

如何によい和紙を使っているか。以下によい筆と墨を使っているか。その上で、とうてい書けないほどの細い筆遣いで、文字が書かれており、さらに和紙にうつった薫物の匂いまでもが評価の対象になった。

それから考えれば、現代の文語は、何とも無機質な事よ。

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