七月よりメモ帳と万年筆を持ち歩くようになりしよりこのかた、暇な待ち時間などに、日記物などしたるが、ちよつと気取つて、分かる範囲で、旧字旧かなで書くやうにしてゐる。
抑、旧字のいくつ候やという疑問のありけるが、300に満たない数なりとぞ、物のWebサイトに書かれたり。就中、多くは新たに作られたるものにはあらで、俗字を以てこれにあてたるものなり。つらつら見侍りしが、いくつかの漢字は、無下に複雑なものあり、明らかに異質な筆の運びなるものありなんどして、なるほど俗字を以て新字体とするのも、当然の理と覚ゑたれど、不可思議のもの尚存す。
廢を廃せるは理なれど、沒を没とせしは、いかなる故にかありけむ。おぼつかなし。
擬古文風に書くのは疲れる。
没、沒の他にも、壹と壱も、よく似ており、複雑さもあまり変わらないと思う。おそらくは、似たような異字体が複数用いられていて混乱するので、統一したのだろうか。その辺の事情をまとめた本などがあれば、読んでみたい所だ。
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